「あ、い、たい…」

トウヤはそう呟いたきり、両手で顔を覆ってしまった。長い袖を握った手で、踞るように顔を隠す。足を畳み、肩を竦めて丸くなって、そうして小さくなる。

「会いたい、よ」

ぎゅううと何か見えないものに圧縮されるように、悲しみに押し潰されてしまうようにトウヤは身を縮める。広い部屋のベッドの隅で、その姿は物悲しく見えた。トウコはベッドの縁に腰かけると、トウヤの背中にそっと手をやる。何も言わずに軽くさすると、踞る彼から小さな嗚咽が漏れた。
トウコはゆるいウェーブの髪を揺らしてそっと微笑む。トウヤから見えないその笑顔は、呼吸をおだやかに絶ちきったように切り立ったものだった。慈愛に満ちていて、それでいて苦しそうに。
尋ねる声は囁くようで、確認の意味しかない。

「…そんなに、Nに会いたい?」

別れを告げたNは、伝説のポケモンと共に旅立ってしまった。サヨナラと言った微笑みは、トウヤの中で鮮やかだ。けれどその姿は、まだ霞を掴むように朧でしかない。思い出に残る姿は今もここにあるのに、そのままの彼には触れられないのだ。ポケモンをトモダチと呼んで儚く消えたひとつの夢の形。その夢に惹かれてしまったのは、夢を握りつぶす形となった当の本人だった。
トウヤはずっとNを追い続けた。別れてしまった人を追い求めて、イッシュの隅から隅までをしらみ潰しに回った。Nは生まれた地しか知らないはずで、彼と飛ぶポケモンはこの国に息づく伝説だ。イッシュから離れるとは考えられない。イッシュにいるはずなのに。それなのに、見つけられない。

「ねぇトウヤ、会いにいっておいでよ」
「……トウコ、」
「真実と理想は何度でも甦るよ。トウヤや、Nが、夢を描こうとすれば、英雄になった二人の前に二体は何度だって目を覚ますから」
「トウコ、僕は」

埋めた肩から起こしたトウヤの頬を、涙がつうと伝う。それは否定や遠慮ではなく、狂おしく溢れた感情なのだとトウコは知っている。何かを言おうとして、止まり、ただ涙を落とす。その姿が哀しい。トウコはトウヤの肩を抱き締めた。

「Nに会いにいっておいで。大丈夫、あたしは待ってるね」

逆流する記憶は、トウヤとトウコの意思の元だ。
別段特別視する必要も、危険だと警戒を抱く必要もない。二人はただボタンをひとつ、何気なく押すように――全てをリセットする。母も幼馴染みも博士も今まで出会った数々の人々も、知り得ない。全ての時間が、巻き戻る。大切に育て進化した相棒のポケモン達や、石から目覚めた伝説さえも。
全て――旅立つあの日に。
Nとトウヤが出会うあの日に、遡っていく。




 演説を終えた謎の集団を目で見送る。ポケモンを解放すると高らかに訴えていた集団に街の人々は戸惑っていたし、一緒にいたチェレンも少なからず反応を示していた。
でもそんなことはトウヤにとってどうでもよかった。
トウヤの目には、"謎の青年"しか写っていない。揺れる若草の様な髪が印象的な年上の青年が、少し離れたところに立っている。その彼を、トウヤは見つめる。
きっとずっと会いたかった、また会いに来たかった彼と初めて会うために。初めて会うということさえ知らずとも、会うために。そのためにトウヤはここにいる、そのことさえ知らなくても。

口を開いた青年の声に、――トウヤは知らず耳を澄ませた。





101010
Nに会うために"最初から"
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