科学の力って凄い。
たとえばこのポケギア。遠くの相手と、離れていながら会話が出来る。ラジオを聴ける。地図が表示されて、そこには沢山のデータが登載されてる。
 科学の力って脆い。
どんなに精密に作られていてもそれが機械である以上、水に触れた途端お仕舞い。変なの。電気タイプは水タイプに強いのに。コトネの ポケギア は かわに おちた 。こうかは ばつぐん だ!▼って。ぶくぶくと川底に沈んでいくポケギアを私は見送った。
10歳のお誕生日に買ってもらった、ピンク色のポケギア。時々落っこちさせちゃったり、雑に扱ったりなんかしちゃったりして傷がある。サバイバルみたいな道をたどってきたせいで、塗装がちょっと剥げちゃった。でも気に入っていた。色んな人とアドレス交換して、データがいっぱい詰まっていた大切なポケギア。落としてごめんね。今までありがとう。
私は桟橋から踵を返し、立ち去った。いつまでもくよくよしていても仕方ないもの。

 きらきらと眩しかった桟橋を越えて、程なくしてたどり着いたのはハナダの岬。ジムリーダーのカスミさんも訪れるというデートスポットで有名なここにはとても落ち着いた雰囲気がある。人気がないのをいいことに、連れ歩いていたマリルはしなやかな丸太で作られた手すりの上をくるくる走り始めた。川の流れ先の海が見えたから、危ないから崖から落ちないでねって注意した。そうして私は手すりにもたれ掛かるようにして、遠くの海を眺めた。
空にはキャモメがちらちらと飛んでいて、白い雲に紛れていく。海は太陽の光を反射して時々眩しい。丁寧に吹き抜ける風は潮を含んでいて、柔らかくて辛かった。ハナダの海はよりも穏やかな気がする。とてもいいお天気で、何となく微睡んできて、
そこで、ちょっと違和感を感じる。
なんだろう――今日はとても、静かな気がするの。
いつもは何だろう。もっと忙しいっていうか、何かな、誰かをすぐ近くに感じているような感じ。こんな風にとっても穏やかに眠くなっちゃう時なんてないくらい、落ち着く暇がない。それがない気がするの。ポケモンは近くにいるのに、なんか心細いような。
うんうんと唸っていると、マリルが心配してくれたのか近寄ってきてくれた。そっと抱き上げるとちょっと重い。最近整ってきた毛並みに頬を寄せて、うぅん?と首をちょっと傾げると、

「おいっ!!」

と突然、大きな声が聞こえた。びっくりして後ろを振り替える。
すると、そこにいたのは――シルバー君だった。
シルバー君もカントーを行き来してるって知っていたけれど、まさかハナダに来ていたなんて。偶然だなぁってまたびっくりして、私はシルバー君へ向き直る。
 シルバー君はいつも通りの鋭い目付きを絶やさない。でも、岬への階段を昇る足取りが、なんだかいつもよりゆっくりしているみたいだった。浜風に煽られ揺れ髪は燃える夕焼けのようだけれど、どうしてか少しもつれていた。いつもそらをとぶを使った後でさえきれいに整っているのに。
ゆっくりとしながらも何だか凄い剣幕のシルバー君に、マリルがびくりと震えて腕から降りた。私はあいさつをした。

「こんにちはシルバー君」
「………」

シルバー君はひくり、とひきつったように頬を動かして私を睨む。怒ってるみたいに見える…せっかくきれいな顔をしているのに。

「眉間にシワよってるよ」
「……お前、」

シルバー君は皺を保ったままいらいらしたみたいに口を開いた。

「何でポケギアに出ない」
「え?」

私は思わず聞き返した。

「ポケギア?」
「電話しても出ないんだよお前……俺がお前みたいなやつにわざわざかけてやってるのに…どういうつもりだ?」
「あ……、あぁ、そっか」

そっか、ポケギアだ。
いつもは色んな人から再戦とかお話の電話がかかってくる。今日はそれがないんだ。だからなんだか静かだったんだ。

「何一人で納得してるんだよ」
「あ、ごめん。ポケギアね、川に落としちゃった」
「…………川?」
「うん、川。だから使えなくて」
「そういうことか……何だ」

シルバー君は拍子抜けしたように溜め息を吐く。

「……心配してくれたの?」
「ばっ……!!そんなわけっ、ないだろ!」

シルバー君はよっぽどイヤだったのか、顔を真っ赤にして怒鳴った。耳まで赤くするから、私はそれ以上怒らせて赤くさせたら怖いなぁと思って尋ねるのをやめた。シルバー君が私を心配するはずもないし。きっとバトルでもしたかったんだと思うし。
 でもそっか、ポケギアが無いと、こんなに不便なんだなぁ。
あんな小さなものだけれど、それでもやっぱり大切なものだったんだ。あれがないと誰とも繋がっていられない。ポケモンが絆ではあるけれど、でもやっぱりポケギアがなくちゃあ不便みたい。好きなときにお話も出来ないし、バトルの約束もできないなんて。

「ね、シルバー君。一緒にヤマブキに行こうよ」
「は?」
「ポケギア、買いにいくの。一緒に来てくれない?」
「お前金は」
「ワタルさんから、おまもりこばんで」
「………」

シルバー君は小さくため息をついてボールに手をやった。なんだかんだで付き合ってくれるところ、凄く優しいなぁって思う。
次買うときは何色にしようかな。もう一度街を回って、みんなに番号を教えてもらわないと。
あぁ、そうだ。

「ねぇシルバー君、折角だしシルバー君も一緒に買い換えようよ。新しいモデル出たんだって」

どこで怒らせちゃったのかな。
なんでだろう、シルバー君はまた真っ赤になった。





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