たった二本しかない腕を伸ばしたところで、君を守ってあげることは出来ない。背丈はあるから腕の長さ自体はそれなりにあるはずだけれど、でも長さには何の意味もない。こんな腕では君を覆いきれない。ただせめて出来ることと言えば、胸の辺りをやんわりと抱き締めてあげることくらいなんだ。
屋敷の縁側に腰かけていた背中がとても頼りなく見えて、抱き締めた腕に君はありがとうございますと言った。その言葉を聞いて、苦笑してしまう。馬鹿だなぁ、僕は。彼は僕よりずっと年下なのだから、頼りなく見えて当然なのに。当然と思わない自分の盲目さは、迂闊でしかない。

「たとえばマツバさんが怒っていてそれで俺を拘束しようとしているのだとしても、俺は嬉しいです」
「そんなのじゃないよ」
「知ってます。だから俺は幸せです」

でもきっと僕のこの二本の腕じゃあ寂しくて物足りないんだろうね。ゴールド君はちらりと笑って、隣で丸くなっているポケモンの背中を撫でた。バトルを繰り返しているとは思えないその毛並みに、丁寧に触れている。どこか寂しげに見える手つき。まるで僕に抱き締められていることなど、何の足しにもなっていないようだと思う。
手持ちの子を何度も慈しむその掌を握ってあげたいけれど、そのためには腕をほどかなければいけない。そしてもしほどいたのなら、君はそのポケモンを抱き締めて、さらに僕の手が施しようのない態度をとってしまうのだろう。
あのはらはらと舞い散るエンジュの紅葉が、僕の手に化けてくれればいいのに。君を抱き締めて、自由になってる掌を絡めとって、頭を撫でて、瞼をなぞり、抱き上げるために必要な分だけの、腕がほしいな。

「マツバさん、お腹が空きませんか?」
「いや、ゴールド君はお腹空いたの」
「いえ……はい、ちょっとだけ」
「そっか。じゃあ夕餉にはまだ少し早いけれど、何か摘まもうか」
「はい、すいません」

そうは言ったものの、僕は立ち上がらず、ゴールド君を抱き締めたままだった。ゴールド君は首を軽く振り向かせて僕を見上げる。放してくれないのかと不思議に思っているのだろう。

「ゴールド君」

はい、と律儀に返事をしようと開かれた唇に、さっと口付けた。
ぱちくりと停止するゴールド君に、抱き締めたまま微笑んでみせる。

「足らない?」

ゴールド君はややあって、仄かにぎこちなく笑った。

「……はい、お腹空いてます」

抱き締めたまま出来ることなんて数える程もない。あぁ、僕に手がいくつもあったのならよかった。
そうしたらまずは、彼の好きなお茶菓子を取りに行くのに。





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