「駄目よコトネは。そんなんじゃあいつまでたっても立派な女性になれないんだから」

お姉ちゃんはそうやってため息を吐くと、私の帽子をぽんと叩いた。

「別にいいの」
「よくないわ。コトネは男の子にも負けないくらい強くならなくちゃ」
「強くなくていい…」

ぎゅうとサロペットの裾を握ると、お姉ちゃんはふっと笑った。私の茶色の癖毛よりも大袈裟に跳ねている深い水晶色の髪が、少し揺れる。それは流星群が横切るようで、はっとする印象を与える。私はそれがちょっと羨ましい。
お姉ちゃんはとっても力強い人。その髪の毛だけじゃなくて、長く空に向かって伸びた睫毛とか、ぱっちりと開かれた瞳とか、そういったパーツがお姉ちゃんをくっきりと彩っているの。お姉ちゃんはそれこそ男の子にもひけをとらないくらいに、芯があって強い人だった。なのに、私は全然駄目。本当にお姉ちゃんの後に生まれたのか疑いたくなるくらい、お姉ちゃんに似ていない。バトルは苦手だし、人の顔をみるのが恥ずかしくて、大きな帽子で影を作る。きっとお姉ちゃんも、私の悪いところを分かってるんだと思う。だからこうやってお話しているのかな。

「ねぇ、コトネ」

お姉ちゃんは私の頭を帽子ごと撫でて、優しい声で私に笑う。

「コトネは大変よ。だってとっても気難しい男の子が二人も身近にいるのだから。」
「……うん」
「でもね、だからコトネがしっかりしなくちゃ。コトネが人一倍強くなって、二人の面倒をみてあげるの。今は無理でも、いつかみてあげて」
「お姉ちゃんがみてあげてよ」
「あたしは無理なのよ」

お姉ちゃんはなぜかそこで、ちょっとだけ悲しそうに微笑んだ。お姉ちゃんがそういう顔をするのを私は見たことがなかったから、驚く。

「お姉ちゃんに無理なんじゃあ、私にできっこない」
「そんなことはないわ。…ねぇコトネ、手を出して」
「?…うん」

おが手を差し出すと、お姉ちゃんは手を重ねた。
収縮したモンスターボールがひとつ、乗っていた。

「これ、あたしのポケモン。コトネに貸してあげる」
「え、何で」
「あたしの代わりにコトネを手助けしてくれるから。仲良くしてね」
「お姉ちゃんの代わり?」
「そう。コトネ、頑張ってね」
「お姉ちゃん?」

お姉ちゃんはにっこり笑って、そうしていなくなってしまった。あたりを見渡しても、どこにもいない。見覚えの無い、記憶から一瞬で去ってしまう幻のような景色には、私だけだった。ここはどこ、お姉ちゃんがいなくちゃ分からない。私は急に心細くなる。

「お姉ちゃん?」

ボールを握って、名前を呼ぶしか出来ない。強くなるのなんて、無理なの。ねぇ、

「クリスお姉ちゃん」




 目を覚ますと、そこは青く茂る森の中だった。ざわざわと木々が擦れさざめき、私はぼんやりとどこか上を見上げる。
そこにはゴールド君が苦い感じを含ませながらはにかんでいた。

「コトネちゃん、起きた?」
「…ゴールド君」

「こんなとこで寝たら危ないよ。あのさ、シルバーがまた何か拗ねてるんだ。俺一人じゃどうしようもなくてさ。コトネちゃん助けてくれないかな」
「ゴールド君」
「なに?」
「私のお姉ちゃん、知らない?」

夢を見ていた。お姉ちゃんの夢。美人でしっかりとした強いお姉ちゃん。私にいるはずのお姉ちゃん。

「え、コトネちゃんにお姉さんなんていた?」

私にはいないはずのお姉ちゃん。

「…ううん」
「寝ぼけてるの?コトネちゃん。ほら起きて起きて」
「だいじょうぶ」
「じゃあ俺、先にいってるからね?」
「……うん、今行くね」

私は帽子を少し直して立ち上がる。くっついてきた草の葉を落とそうと軽く服の裾を払えば、何かが繁みの中に転がり落ちた。収縮したモンスターボール。その中に入っているのは、お父さんからもらったマリル。お父さんからもらったはずのマリル。マリルはボールの中から私を見つめていた。その瞳はお姉ちゃんの瞳と同じ、透き通った水晶の色をしていた。私はマリルと暫く見つめあってから、勢いよく駆け出した。
さぁ、二人の面倒見てあげなきゃ。強くなって、しっかりしないと。

だってお姉ちゃんに頼まれたんだもの。





100918
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