ファイアは穴を掘っていた。マサラタウンの片隅の、小川の近くにある林の中。柔らかく湿った暗い土を掘っていた。膝を折り、項垂れるようにして地面に向き合いながら。少し長めのブラウンの前髪は、はらはらとその顔を覆い隠している。時折覗く瞳は、瞬きを忘れているように伺えた。それでも一人無言のまま、穴を掘り続ける。ともすると精神を病んだかと取れるようなその姿を見つけて、俺は乱暴に歩み寄っていった。
「何してるんだ」
ファイアは手元の土を見ながら言った。
「…さぁ?何に見える?」
「穴掘か?」
「そう、当たり」
ファイアはちっとも嬉しくなさそうな顔で、俺におめでとうだなんて言った。
「何で穴なんか掘ってんだよ、何か埋めるのか」
「馬鹿だなぁリーフは。俺は探してるんだ」
ズボンに手を突っ込んだまま、「何を」と俺は適当に尋ねた。ファイアの指先が、土塊と石を放った。
「腕を、探しているんだよ」
ファイアは俺の方を見ないままそう言った。ファイアの手は、土に濡れて黒く染まっていた。俺はまた怪訝そうに、おざなりに訊ねてやる。
「何の」
「グリーンの、腕」
ファイアは俺をみようとはしない。穴を掘ることにしか興味が無いように。
俺は突然にファイアの腕を鷲掴むと、強引に立ち上がらせた。ファイアは何の抵抗も見せずに俺に引っ張られる。俺はそれをいいことに無言のままずんずんと進んで、ファイアの掘っていた穴から離れていった。無作為に歩いていくと、水道に流れ込む前の小さな川があった。きらきらと輝く水面に、ニョロモが驚いたのかぽちゃんと飛び込んだ。俺がファイアを引きながら川原に膝を付くと、ファイアもまたつられてそこに膝を付く。そのなされるがままの腕を、思いっきり川に突っ込んでやった。どんな季節でも、澄んだ川の冷たいことに変わりはない。ひやりとした水滴が小さく跳ねると、ファイアはやっとそこで微かに驚いたように表情を変えた。穏やかな流れが、ファイアの手にこびりついた土を洗い流していく。爪の間に詰まった泥までもさらっていくのを、俺とファイアは黙ったまま見ていた。
ひとしきり土の名残が無くなったのを見て、ファイアが口を開く。
「グリーンは死んだんだ。”俺”と一緒に、死んだんだよ。でも、ねぇ、死んだのなら、土を掘り続けたら見つかるんじゃないかな。俺はグリーンの顔を覚えてない。でもグリーンの腕を覚えている。レッドを抱き締めたグリーンの腕を覚えている。だから俺は、腕を探すんだ」
ファイアはそう言った。そう言って、押し黙った。口をぎゅっと引き結んでからにこりと引き上げる。川のせせらぎに視線を落として、俺に腕を解放されるのを待った。きっと、再び穴を掘りにいくつもりなのだろう。
俺は横目でファイアの顔を見つめた。朱色の瞳に、それを丁寧に縁取る茶色の睫毛。いつもお気に入りらしいキャップの下にありながら、その何もかもが柔らかくて暖かい色素をしている。影を落としてもその色合いを濃くしない彼の色素。じゃあ、どうしたら、もっと鮮やかで冴えるような、あの闇色と血色を見ることが出来るのだろうか。雪に溶けそうな儚い肌に触れられるのだろうか。抱き竦めたくなるようなあの鮮烈な輝きを、目の当たりにできるのだろうか。――そこまで考えて、俺はやめた。俺はファイアと違って、諦めがいいほうなはずだ。ファイアのように、我を忘れたりしない。奈落に至ろうと没頭したりしない。俺もファイアも、”昔”とは違うのだ。俺はそれをよく理解している。
理解している――だけだ。
生まれ変わった俺達は、互いの前世を求めて藻掻き続ける。
100722
前世への両片思い