レッドは左手にブーケを拾い上げる。そしてもう片手、右手をポケットに突っ込むと――走りだした。先程まで縺れ倒れそうになっていたその足で、力強く地を蹴りあげる。その向かう先は真っ直ぐに迷わない。奔る衝動は、レッドの歪んだ盲信が駆り立てた。
レッドは走りながら、右手をポケットから抜き出す。その手に握られていたものは――小さな拳銃だった。
 それを見た周囲が、騒めきどよめく。護身にも犯罪にもポケモンを用いる時代で、それはあまり見慣れないものだった。だがその危険性と脅威は認識している。その一撃で命を奪うことが出来る。手軽な凶器だということ。直ぐ様逃げ惑うように避難を始めた一般の参列の傍ら、ジムトレーナーやジムリーダーがポケモンを繰り出した。銃といった類の武器が珍しくなった理由、それはポケモンのパートナー化にある。ポケモンがいれば、そんなものに撃ち抜かれることもなく撃ち落とすことが出来るからだ。都合のいいことに、この式場にはカントー屈指のトレーナーばかりが集まっていた。トレーナー達は、その技でなら人一人を止めることなど容易いと考えたのだろう。
 だが甘かった。
レッドは自分の手持ちを出すと、そのまま走った。立ち竦む幾人ものトレーナー、数人のジムリーダーの間を駆け抜ける。無防備に大衆にさらされた細い身体。されど誰にもレッドを止められなかった。周りがいかに屈指の強者だとしても、レッドは唯一の頂点。最強のトレーナーなのだ。その手持ちが立ちはだかれば、並み居る強豪も形無しとなる。たった6体のポケモンに、彼らは足止めを食らった。

 やがて、走るレッドが足を止める。
 その正面には、グリーンがいた。

グリーンは驚愕とした瞳でレッドを写している。信じられないものを見るような目で、レッドに対面していた。それを受けて、レッドは困り果てた様な、泣き出しそうな表情を浮かべる。そういった感情の浮かべ方を忘れているような、ぎこちない表情。レッドはそのまま、何かに縋るように、星を掴み取るかのように両腕を持ち上げ――

 そして引き金を引いた。

 銃を向けられたグリーンが、ぐらりと傾ぐ。ゆっくり、ゆっくりとスローモーションのように膝を折り倒れていく。やがて地に仰向けに倒れ落ちたグリーンのその服は、最早白ではなかった。レッドの放った弾丸は、グリーンを違わず貫いた。彼の胸から滲みだした血がじわじわと広がる。純白のタキシードは、鮮やかな赤に染まっていた。
レッドは手に持っていた花束と拳銃から力を抜く。地面に落ちたそれらに合わせるようにして、レッドもまた膝を折った。

「……これで、お揃い」

レッドはグリーンの胸にそっと寄り添う。哀歓を孕んだ恍惚とした呟き。その白い手がグリーンの血に染まることにさえ歓喜の色を零す。その声に応えるように、グリーンは薄らと目を開いた。内臓からせり上がる血に濡れた唇が、笑みを描いた。

「一生傍にいる。…愛してるぜ、レッド」

レッドはそれに、満足そうに笑う。レッドは、知っている。酸素に触れた赤が、その色をいつまでも保っていられないことを。『しあわせだよ』とレッドの唇がゆるやかに音をなぞる。声にはならない囁きに、グリーンの返事は既にない。それを確認して、レッドは再び拳銃を手に取った。やがてグリーンの血は変色してしまうだろう。ならばレッドのやることは、ひとつと決まっているのだ。
 カチリと撃鉄を引き起こし、レッドは銃口を自身のこめかみに押し当てる。
そして、迷いなく引き金を引いた。

続け様に轟いた二つの銃声。それはまるで星が瞬くように、刹那の間のことだった。





100714
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