俺に縁談が持ちかけられたのは、七夕から数日経った日のことだった。
ポケモン研究の権威であるオーキド博士の孫である以上、今までにもいくつかそういった話に対面したことはあった。同じ研究者の娘、孫、又はポケモン協会関連の娘、孫。ただのお見合いの時もあれば、許婚に似たような状況の時もあった。とはいっても、勿論、これまでそれら全ては無かったことにしてきた。そういった結婚の形に気が進まなかったのもある。何より、恋人であるレッドへの思いが勝っていたからだ。
 けれど今回の縁談を、俺は受けることになった。
 その時、俺の頭に真っ先に思い浮かんだのはレッドのことだった。あいつに知らせるべきか、否か。若干迷ったものの、知らせないことにした。下手に結婚のことを話して不安がらせたくはなかった。それを契機に俺達の仲が失われてしまうことも怖かったから。都合のいいことにレッドは無人の雪山にこもっている。俺が行かない限り、誰もレッドに世の中の事情等を伝えることはない。行方不明だったレッドの居場所をそこと突き止めた際、一部の知り合いにもその事実は知られてしまったが、問題はないだろう。
先日の七夕の時、レッドは一生傍にいてほしいと言っていた。俺はレッドのその告白が嬉しかったし、勿論その約束を守るつもりだった。縁談を受けることにした理由は、その約束が大きな一因だった。女がいれば、この先独り身でレッドのところに通い続けるよりも周囲からの認識は良くなるだろうと考えたんだ。ジムリーダーをする傍らオーキド博士の助手をし、名のある家柄の女性と家庭を持つ。どこにも欠点はない。これで誰も俺のやることに文句はつけられない。
 好きなんだ、レッドが。たとえ女がいても家庭があっても、俺はレッドから離れない。レッドが望んで俺がそれに応えるとしたのなら、周到に環境を準備する。一生だと約束したんだ。そのための結婚だった。この先死ぬまで一生、あの雪山を通いつめる心算はできていた。



 結婚式はトキワジムで催されることになった。コガネの式場やマサラも候補に挙がったが、馴染んだジムでということになった。仕掛けを外してしまえばジムは広いし、トキワに人目は多くない。ジムリーダーの職業ならではでいいだろうと言い訳もした。何よりここでは色んな人に世話になってるから、丁度いいと考えた。

「はぁい、新郎。」
「よぉカスミ。来てくれたんだな?」

式当日は親戚と知古、それに手伝ってくれたジムトレーナーだけを呼んだ。ハナダジムリーダーのカスミも、その招待客の中の一人だった。ジムの位置自体は離れているが、同い年だということで他のジムよりも親睦があったからだ。レッドの居場所を知っている数少ない知人の一人でもある。

「当たり前じゃない。アンタを冷やかせるなんて、そうそうない機会よ」
「勘弁しろよな」
「どうかしらね?」

長くなった髪をゆるやかにに結い上げた姿は大分大人っぽいが、お転婆の名はまだ落ち着いていないらしい。水色のパーティドレスを揺らしてカスミは笑った。

「でもアンタのそのタキシード、中々似合ってるわよ?ユキノオーみたい」
「お前のドレスも、まるで色違いのトサキントみたいだな」
「ふふっ、言ってくれるわね。…あ、そうそう。ところでレッドはどうしたの?姿が見えないけど」
「あぁ、あいつは来ないってさ。俺が羨ましかったんじゃねーの?」

勿論、嘘だ。来ないも何も、結婚のことも式のことも一切話してはいない。ここのところ式の準備で忙しくて会いに行けなかったから、言動から悟られるということもない。なんてことをカスミに正直に言ったりはしないけれど。カスミは俺達がただのライバルだと思っている。

「……ふぅん、レッドも薄情ね」
「いいんだよ、俺だって無理に来られて、あの無愛想面見せられたくねーし」
「そ?まぁそれもそうね」

カスミは悪戯っぽい笑みを浮かべて、はっとしたように手元をひねった。

「そろそろ時間じゃない?」
「そう言えばそうだな」
「うん、じゃあアタシは先に行くわ。また後でね」

カスミはひらりと手を振ると、シフォンの端を棚引かせて踵を返した。立ち去りかけて、「あ、忘れてた」と再び振り替える。

「結婚おめでとう、グリーン」



 式は滞りなく進んだ。
ささやかなものにしたかったが、相手が相手で祖父が祖父だ。ジムで催されてはいるものの自然豪華さを増していき、トキワ全体が式ムードになってしまった。
でも俺個人の私情から決まった婚礼だったが、中々いいものだった。親しい人達に祝福されて、ただ喜びだけを享受する。そんな容易いものだけでこれからが構成されるとは思っていないが、以外と幸せを感じた。世の中には悲惨な政略結婚が沢山ある。それに比べて俺は恵まれたほうだと思うと、自然と笑うことも出来た。夫婦になる女は慎ましく美人で、レッドに遠く及びはしないが、問題のない程度には好きになれるとも思った。さすがに、誓いのキスなんかをする際にはレッドに罪悪感が湧いたが。
 参列してくれた人達がライスシャワーを降らせる。女は嬉しそうに笑って、俺の腕を抱いた。俺も笑い返して、その肩を抱いてやった。――あぁ、レッドの肩はもっと細かった気がする。ふと思ってしまう。レッド、どうしているだろう。そうだ、式が落ち着いたら会いにいこう。シロガネ山で、俺のことを待ってるはずだ。早く会いたい。あの赤い目が見たい。

 そこで俺は、瞠目した。

レッドの瞳に似たような赤いバラのブーケ。女がそれを放り投げた先を目で追って、思考が停止した。ブーケはある人物の足元に落下していた。そこには、ここにいるはずのない、決していて欲しくない姿があった。シロガネ山にいるはずの恋人。会いたいと思っていた、だがこの式を知られたくはなかった。

 レッドがこちらを見据えて、立ち尽くしていた。








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