それから暫くが経った。俺は、変わらずにシロガネ山にこもっている。でも、変わったことがあった。グリーンが、会いに来なくなった。いつも数日置きに会いに来てくれていた。それなのに、ここ1ヶ月は来ていない。別に、俺の食料の心配はない。自分からここを根城と決めたからには、自給自足は出来るつもりだった。ならなぜグリーンが訪ねてくることをよしとしていたか。それは俺がグリーンを好きだからだ。恋人同士だというのならいつでも会いたかった。許される限り隣にいたかった。
だから、いないと不安になる。グリーンは約束を覚えているのか。本当に傍にいてくれるのか。女々しい、馬鹿馬鹿しいとは思う。でも駄目。自分で連絡も出来ない。グリーンのあの時の約束を信じたいから。
 その時、ポケギアが震えた。何かの予感が走る。――もしかしたらグリーンかも。俺は微かに期待して、通話ボタンを押した。

『レッド?元気?』

けれど期待は外れた。柔らかいアルトは聞こえない。ポケギアの向こうから聞こえたのは女の声。一気に応対する気力が削がれた。でもグリーンではないけど、覚えのある相手だ。切るわけにはいかない。軽やかに通った声に、名前を呼び掛ける。

「……カスミ」

思わず溜息が混じった。カスミは耳聡く反応する。

『何溜息吐いてんのよ、あたしが電話しちゃ不満?』
「……別に」
『もう、相変わらず無愛想ね』
「………」
『そんなんじゃあアンタ一生シロガネ山で引きこもり……じゃなくって、それより!レッド、今日どうしたの?』
「…何が?」
『……ははぁん?さてはアンタ、ライバルに先を越されたのが悔しいってのね?』
「……?」
『まぁ、分かり切ってたことなんだから諦めなさい。それにバトルはともかく、恋愛においてあんたがあのタラシに先勝できるとは誰も思ってないわよ』
「………?」

何の話だろう。俺は困惑する。カスミは一人で話を続けている。どこか楽しげに、呆れを含んだように、慰めながら。

『まぁここは、素直に祝ってあげるのがライバルってものでしょ』
「………」
『もうみんな揃ってるんだから。アンタも早く来なさいよ?』
「……カスミ」

強く名前を呼ぶ。カスミは饒舌を止めて、『何?』と返事をした。大層不思議そうな声をしていた。
 始めは、何の話だと、思っていた。でも、聞いているうちに段々寒気がしてくる。ポケギアをとった時の何かの予感が転じていく。嫌な予感がしてきた。

「カスミ、それ…何の話し…?」

俺は一呼吸を置いて、ゆっくりと尋ねた。するとポケギアの向こうで、カスミが小さく息を飲んだ。

『え、レッド。やだ、もしかしてあんた、聞いてないの?』
「……何を、」

『アンタね、今日は――』




 ボールを素早く放ってリザードンを呼び出す。リザードンは目をぱちくりさせて俺を見た。驚いているようだが、生憎構ってあげる余裕はない。頭を下がらせて、直ぐ様その朱色の体に跨がる。首の辺りを叩いて行き先を急かした。

「トキワ、飛んで。速く!」

リザードンは大きな翼を力強く羽ばたかせる。吹き荒れる雪の中を舞い上がり、シロガネ山を離れた。言い付けを従順に全うするリザードンは、突風のように飛行する。俺はリザードンの首に顔を埋めるようにしがみつく。カスミからの電話を反芻して、首を振った。
嘘だ、嘘だ。嘘だろ、グリーン。カスミの言ったことは何かの間違い。グリーン、約束しただろ。一生俺を傍で愛するって言った。たとえ織姫と彦星のようでなくても、一緒にいるって。
約束した。



 息も絶え絶えなリザードンを一撫でしてボールに戻す。今までに無い速さで飛んで、リザードンは疲れただろう。俺も急激な高低さを体験して耳鳴りがした。でも休む暇はなかった。着陸したトキワのゲートを潜る。縺れる足を必死に動かした。立ち止まりはしない。だって俺は、信じている。信じたかった。カスミの言ったことなんて、嘘。お転婆な彼女なジョークだ。真実は、約束したあの言葉だけだって。

 辿り着いたトキワジムは、いつもより賑やかだった。あちこちに誰かへの祝福が溢れていた。素朴な色合いと穏やかな空気の町が、幸福そうに活気づいていた。その中でも一際賑やかなのはトキワジムの入り口。そこには、見知ったいくつかの面影があった。さっき俺に電話をしたカスミも交じっている。みんな華やかな衣装を着て笑っている。誰かをゆるやかに囲んで喜んでいた。
 その中心にいたのは、一組の男女だった。二人はお揃いの白い服を着て、幸せそうに寄り添っている。
見知らぬ女は綺麗なヴェールを揺らして男の腕に甘えた。男は女を笑いながら抱き留める。――男の優しく眇められた瞳、それは爽やかな緑色。鳶色の髪が綺麗に整えられている。聞き慣れたアルトが笑っている。
それは、その持ち主は、



「………なんで」



『今日は、
――グリーンの結婚式よ』
カスミの声が頭の中で繰り返された。








100709
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