屑でもいい。どんな末端でも構わない。俺は星になりたかった。



「そういえば今日は七夕だな」

 グリーンが呟いた。
四六時中吹雪と言っていいシロガネ山では夜空を見られない。そこに居続ける俺は季節を忘れる。だから今日が七夕とは知らなかった。咄嗟に言葉が出ず、沈黙が満ちる。でもグリーンはそれ以上言わなかった。グリーンがバーナーの火を止めると、静かな洞窟にカチリと音が響いた。小さめのザックの中からタッパーを取り出した。慣れた手際でインスタントコーヒーを準備している。ステンレスのマグカップを手渡してくれた。ミルクと砂糖も添えてだ。
 俺はそれを受け取り、ふと立ち上る湯気を目に止めた。白くゆらゆらと、川のように帯を作っている。

「……羨ましいよね」
「は?」

グリーンは不思議そうに疑問を音にした。意味が分からないといった顔をしている。主語が足りなかっただろうか。

「…織姫と、彦星が」
「あぁ、……え?」
「?」
「羨ましいか?」
「……うん?」

一度首を傾げてから、付け加える。

「……だって二人は、必ず会えるだろ」

すると噛み合ったらしい。グリーンは合点いったためか、口を閉じた。

「て言ったって、一年に一度だぜ?羨ましいどころか可哀想な話じゃねーの」

と言っても納得したのではなかったらしい。グリーンは反論を唱えた。俺は自分には分かる程度に、首を横に振った。

「一年に一度って言ったって、星の一年なんて一瞬。…俺達はすぐに死ぬから、一瞬しか一緒にいられないのに、……あいつらは永遠みたいな時間を、二人で生きていける」

 グリーンに手渡されたカップを覗き込む。立ち上る湯気は天の川のようで、コーヒーの水面は夜空みたいだ。その表面には、俺がぼんやりと映っていた。光の差さない赤い目。まるで三等星ようだと思う。それにさえ憧憬を抱いた。織姫と彦星が羨ましい。どんな乏しい煌めきでもいい。俺は彼らのように、星になりたかった。

「…でもな、俺達は毎日でも会えるだろ」

グリーンは自分のカップを地面に置いた。互いの腕の長さ分の間を静かに詰めて、俺の肩を抱き寄せた。

「永遠に次を待つ一生より、限られた一瞬の中でもすぐにレッドの肩を抱けるほうが、俺は幸せだ」

 柔らかい響きが耳朶に染みる。グリーンは囁いてから、俺に触れるだけのキスをした。
 いつもの俺なら恥ずかしさから外方を向いてしまう。そんな甘い空気。でも、今日はそんな照れ隠しも出来なかった。永遠よりも一瞬を尊ぶと、愛すると言ったグリーンのことが、嬉しかった。狂おしかった。――手放したくなかった。あぁ、案外俺は、弱いのか。きっとグリーンとのことに限るだろうけど。

「……なら、」
「ん?」

 失いたくはない。でも素直に甘えることの出来ない俺は、縋るように寄り添うだけだ。恥じ入る精神を精一杯懐柔して、グリーンに身体を預けた。固く目を瞑る。

「……一生、傍で、俺を愛して」
「当然だろ」

 グリーンが一生を約束してくれるなら、信じたかった。たとえ“一瞬”だとしてもずっと一緒にいてくれるなら。同じ運命を歩んでくれるというのなら。俺は、それを、信じたい。そう思った。
 洞窟の外は相変わらず吹雪いていた。星空は見えない。それでよかった。今、広大な運河を目にしたら、俺は泣いてしまいそうだった。








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