夏バテなんて、縁の無い言葉だ。
 肌に絡み付くような熱も、喉を圧迫するような立ちこめる夜気も、全てただの調味料。この空腹を煽り立てるちょっとしたスパイスでしかない。月明かりが朧に差し込む部屋は、冷房なんて邪推なウェイター同然。太陽の名残を孕んだ風が駆ける度、俺たちは喜んで意地汚い程腹を空かせる。
 唇を開いて、舌で舐め上げて、やんわりと噛む。溢れ出る汁を一滴残らず啜って、貪る。
 あぁ、

「喰っちまいたい」

 思わず呟いた一言は、予想外に焦がれたものだった。
 熱に浮かされた眼が、それに反応してかこちらを見据える。赤く甘い瞳が、欲による生理的な涙を湛えていた。まるで、朝露に濡れた果実のよう。そっと舌先で眼球を舐めると、塩辛いはずなのに、味覚は仄かな甘味を拾った。

「………、食べてるだろ」

 レッドはむくれたように眉をひそめた。ふいと顔を反らす。あぁ、まだその瞳を味わっていないのに。
繋がった下肢が、揺れたベッドと一緒に不服そうに音を鳴らした。

「喰べてない……いや、食べてるけど、そういうんじゃなくてな」
「……俺だけじゃ、物足りないの」
「そんなわけないに決まってんだろ」

 赤く色付いた柔らかな唇に、汗で髪が張りついた小さな頬。艶っぽく弛緩した指先も、細くてすべすべした腿から爪先まで、レッドの全部が洗練されて美しいと思った。それに、生まれ持った色素のせいか、その生きる環境のせいか。肌は砂糖のようにさらさらと、白く滑らかなのだ。
 パーツの一つ一つ全部が、生唾に喉が鳴るほど欲しかった。

 こうして身体を重ねてレッドの肉を抉っても、あぁ、物足りない。繋げるだけではなくて、レッドの全てを俺の中に取り込んでしまいたかった。


「喰べたいんだ、レッド……お前の全部、腹の中に収めたい。すげぇ美味しそうだ」
「……悪いけど、人喰いとセックスする趣味はないから」
「じゃあ、やめるか?」

 ず、と滑る粘着質な音と共に、レッドから僅かに引き抜く。外気よりもレッドの中はずっと暑かった。
 レッドは中を焦らすように擦られた生々しい感触に「ん、」と声を漏らす。肩を揺らして悩ましい声をあげる。わざと意地悪いように、なぁ?と首を傾げてやると、その細い腕を俺の背中へたどたどしく回した。じわりと滲む汗が、俺とレッドの肌を介する。

「嘘。まだグリーンとこういうことしたい……だから、喰べないで。」

 酷くして、奥まで食べても、いいから。

 稀に見る言動に、羞恥で真っ赤に染まった顔。整えられたパーツの全てが、拗ねているようで、泣きだしそうで、滅茶苦茶にしてやりたいほど可愛かった。
 一層上がった彼の体温に体力を奪われるだなんて、あり得ない。熱はやはり熱でしかなく、俺にとっての欲望の表れに他ならないのだ。

「喰べたいくらい好きだぜ、レッド」

 俺もまだまだレッドとこういうことをしていたい。上昇を続ける夏に、俺のこの空腹は収まりを見せようとはしていない。なら、まだ一度に喰べてしまわなくても、いいかな。

 レッドの首筋を、強く一噛みする。

 今は、これで一先ずは。そう納得してから、俺は目の前の美食を貪るのだった。





100603
喰う=カニバ、食う=性的
夏ってイイ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -