レッドは、変わり者だ。
あまり、誰かとつるまない。一人でいるのが好きなのか、誰かといるのが嫌いなのか。以前聞いたときは、一人でいるのが普通だと言っていた。それを聞いた俺は、思わず変な奴だと顔をしかめた。しかし、じゃあ隣にいることを許された俺は、特別なのか。そう思うと、こみあげる笑みを押さえられなくもあった。
 レッドはあまり喋らない。というか全然喋らない。意図的に無口なんだというよりは、口下手なのかもっていう感じだ。いや、若しくは口を開くのが面倒なのかも。だから大抵は俺がべらべらと絶え間なく話題を紡ぐ。すると時々稀に、レッドは三点リーダー付きで相槌を打つ。
いつもそんな感じだった。

 時々、マサラにいた他の年の近い奴らから尋ねられる。レッドといて楽しいのかと。俺は笑って答えた。
『楽しくなんかねぇよ』
当然だ、楽しいわけが無い。当たり前だろ?無表情無感情無口、ポケモンバトルくらいしか頭に無い。三大欲も持ってなさそうな、とんでもなく変わった男だ。好んであいつに馴れ親しみ構うやつがいたら、笑い飛ばしてやるよ、俺は。
 じゃあなぜ俺はレッドの隣にいるのか。
それはとても簡単な話だ。ただの、優越感。それだけが、俺をレッドの隣に繋ぎ止める細くも確かな糸だった。
レッドは変わった奴で、無表情無感情無口のポケモンバトルくらいしか頭に無い奴だったけれど、そのバトルは滅茶苦茶に強かった。あいつが負けてるとこは、見たことが無い。優秀を絵に描いたようなこの俺だってかなわなかった。それに、黙ってればレッドはそれなりの容姿をしていた。細く柔らかい黒髪と雪みたいな肌、その中に収まる血よりも鮮やかな真紅の瞳。誰もがレッドを見ると、思わず息を呑んだ。生き物じゃないみたいに、人形のように無機質に整っていた。
俺はそんなレッドの隣にいることで、まるで世界唯一の宝石を身につけたような、名匠の造り上げた人形を保有するような気分になれた。誰も手の届かないような珍品を囲った気になった。

 そんな、友情とか愛情とかの温かい感情からはかけ離れた意識。そんなものを源に、俺はレッドの隣にいた。


「……好きだ」


のは、本当に俺だけだったらしい。

「グリーン、好きだ」

レッドはそう繰り返した。
俺は思わず、手にしていたカップから紅茶を波立たせてしまう。溢れた液が、テーブルクロスにじわと染みをつくった。

「グリーンが俺を好きじゃないのは知ってる、でも俺はグリーンを好きだ」

無表情無感情無口の人形が、珍しい饒舌になっていた。全てを捉えこむような赤が、俺を逸らさず収めている。レッドに映る俺は、目を丸くして口をぽかんと開いていた。

「別に俺を好きにならないでいい」

レッドは快挙と言えるほどの長さの言葉で告白を続ける。べらべらと絶え間なく思いの丈を形にするレッドと黙りの俺では、まるでいつもと逆の対応だった。これは面白いものを見た、と俺とは別の俺が傍から笑うほどだった。

「でも、知らないふりをするのは、疲れた」
「だから告白だけする」
「返事は要らない。分かってるから」
「大丈夫、もうグリーンの隣に現われたりしない」

レッドはそうまくし立てると、突然音もなく椅子を引いて立ち上がった。ダイニングと直結した玄関へと、また音もなく歩いていく。褪せたフローリングを滑らかに歩く姿はまるで人間のようで、俺は飾っていた人形が動きだしたような奇妙な驚きを受けた。動揺が揺すりたてたのか、俺は思わずテーブルに手を突いて立ち上がった。
するとレッドはドアノブに手を掛けて、一度俺を振り替える。

「じゃあね、ありがとう」

そうしてまた音もなくドアを閉め、レッドは俺の視界から消えた。
立ち上がった足がなぜか震えて、俺は再び椅子に腰を落とす。
どういうことだ。
 レッドはどうやら俺を好きだったらしい。しかもこれまたどうやら、恋愛感情のようだ。返事は要らないなんて言われる友情の告白があってたまるものか。そして、レッドは特攻をかけていったらしい。告白するだけして告白して、後はさようなら。何だ、随分身勝手な話だな。
もう会うことはないってことか。

 レッドはバトルが滅茶苦茶に強くて、誰もが引き込まれるような容姿を持っていた。それを失ってしまったのは、とても惜しいことだと思う。自分の手の内にあった、誰もが羨む宝物がある日突然に消え去ってしまったのだ。
だがそれは、地団駄を踏んで悔しがり怒りの籠もった溜め息を吐くとはしても、悲しむものではないはずだ。胸を苛むような苦しみや、焦がれるような焦燥はあるはずがない。だってあいつは微かにしか口を開かず、人間らしいところを微量にしか見せない、俺にとってただの優越のための存在だったのだから。宝物は飾り楽しむものであって、再びこの懐に戻し慈しみたいと思うようなものではないはずだ。あの珍品に対して、俺はそうあったはずだ。

――じゃあ、今俺を引きずる。この感情は、何だ?





100511
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