心象の限界を越えた先に何があるのかを、俺は未だ知らない。許容範疇を越える情報量は俺を混沌へと翻弄するのだろうか。キャパシティに順応を果たせない全ては凪いで朽ちていくのだろうか。それもまた、俺の経験したことの無い多次元のレベルに在している。故に、俺は想像が出来ないのだった。
あらゆる経験を積むことを成長と呼ぶのならば、あらゆる経験を回避することを退化と呼ぶのか。ならば俺は、疾うに海へ還る準備の整っていることになる。
限界を越えるのは恐ろしかった。未知は無知のままで構わなかった。歩みを進めるよりは、この足を杭で地面へ打ち止めてしまう方が流血は微量で済んだ。
臆病者だな、お前は。そう罵ってもらって差し障りは無い。俺は何の劣等感や屈辱に打ち震うことも無く、お前たちを勇者だメロスだと讃えよう。
――俺は、何があろうと。何に代えたとしても、何としても。この安全区域から出たくなかったのだから。

「俺のものにしたいんだ」

 狂おしそうに奴が声帯を震わす。言葉から溶けだす切望が俺の足元を絡めとる。打ち付けられた杭を引き抜き、溢れる血を残らず舐め取ろうとする貪欲。やめてくれ、俺は絶叫したかった。踏み出す足は持っていない。未知に馴染ませる心の持ち合わせも無いんだ、俺は。

「やめろ」

恥を忍ぶどころか捨て去って、懇願にも似た心情を吐露する。

「俺は、そんなものを望まない」

遮二無二腕を突っ張り、振り回し、近づいてくる奴の後退を謀る。痛いか?だが俺のほうが窒息しそうに苦しい。無理だ、無理なものは無理なんだ。恐らく、俺はこの領域から踏み出すことは叶わない。爪の一筋でも覗かせたが最期、忽ち全身の血流が凍結を始め凝固してしまうだろう。
それは、俺という存在のオルタナティブを消失させるに等しい行為なんだ。

「シルバー」

空気が絡め取られる。奴が何度も俺を呼ぶたびに、不可侵の領域は空気を奪われ、肌を切り裂く真空へと姿を変えていこうとする。刹那の告白を積み重ね織り成されたミルフィーユは、愛という強欲の甘味を俺の口内に押し入れようとする。甘いものは嫌いだ。無理矢理詰められたところで、ただひたすらに吐き気と涙が沸き上がるだけ。

「シルバー、ねぇ。」
「嫌だ、やめろ、やめろ……俺の名前を口にするな虫酸が走るんだよ吐き気がする気持ちが悪い」
「それでも俺は、シルバーを俺のものにしたい」

何度も何度もゴールドへ腕を振りかざす。嫌だやめろ寄るな気持ちが悪いお前も知ってるだろ俺は一人がいいんだ誰かのいる俺の世界はそれは俺の領域じゃない醜く塵溜めに成り果てるしかないんだ。そう言ってもゴールドは聞く耳を持たない。力一杯に振り下ろした拳に表を歪めることさえ無く、振り払われた俺の身体へと腕を回した。

「あ、ぁ」

 ゴールドの腕が俺を引き寄せて締め付ける。杭を引き抜き、安全区域から引きずりだされる。俺の領域は脆くも崩れ去る。

「あ、ぁ、……嫌、だ」
「シルバー、」
「やめ、ろ。放せ。俺を…、戻せ」
「シルバー、好きだ」

 ――心象の限界を越えた先に何があるのかを、俺は未だ知らない。許容範疇を越える情報量は俺を混沌へと翻弄するのだろうか。キャパシティに順応を果たせない全ては凪いで朽ちていくのだろうか。
ただ唯一、俺が未知の領域で知ったこと。安全区域から引きずりだされ、苦しみにひたすら喘いで知ったこと。無知の中にひとつだけ植え付けられたこと。それがあるとするならば。
愛というものは、俺の存在由来を根本から崩壊させる、絶大で凶々しい、鉞のようなものだということだ。





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