マツバはことあるごとに身を投げた。
たまに、コトネがエンジュへマツバを尋ねる。すると大抵マツバは見計らったかのようにジムを留守にしている。行き先を聞き、後を追う。そして見つけるマツバは、大抵高確立で投身自殺をしようとしているところだった。

「マツバさんは、私に嫌がらせしたいの」
「そんなことないさ」
「じゃあなんで、いつも会いに行くと飛び降りる前なの」
「なんでだろうね」

マツバはへらっと笑った。たれ目の中に収まる眼は、何も映してはいない。コトネは何も言えなかった。

 今日は47番道路だった。
エンジュで『今日はタンバの方へ向かうと言っておられました』という言葉をきいてから、コトネは息を吐く間もなくドンカラスに飛び乗った。ドンカラスは大きく羽ばたき、あっという間に断崖絶壁の辿り着く。すると丁度、見慣れたマフラーがふらりと靡き、滝に姿が落ちる瞬間だった。
手持ちを橋のうえに残し、マツバは藻掻きもせず滝壺へ真っ直ぐに落ちていく。
 考える間もなかった。
ドンカラスはコトネの合図を待つまでもなく急降下する。そして落下するマツバを鮮やかにさらいあげ、崖の上へと舞い戻った。
つい先刻のことだった。

「マツバさんは死にたいんでしょう?」

コトネはそう思っていた。きっと、この人は死にたいんだろう。何かが辛いから、こんな風に高いところから落ちようとしたりするんだろう、と。コトネは、人の心情を汲み取るのが苦手だ。感情の表現も上手くはない。そんなコトネでも推測をつけることが出来るくらい、マツバの行動は異常で飛び降りは頻繁だった。
 コトネの質問は、確信に近く、確認に等しい。しかしマツバはその度、決まってこう答えた。

「死にたいわけじゃないんだよ」

コトネはその度に、そう、と呟き閉口した。
コトネは、よく分からないと考えている。何度も自殺を計るマツバを助けていいものかと、何度も考えているのだ。死にたいと考える人を無理矢理助けるのは、ひどいことではないのか。迷惑ではないのか。お節介ではないのか。
 ――たまに、飛び降りるマツバに、間に合わないこともある。洞窟を抱くフスベ山から飛び降りたマツバを見つけたときは、すでにマツバはあばらと腕と脚を折り、気を失っているところだったという、そんなときもあった。いっそ死んだほうが楽ではないかと言うような大怪我で見つかるときもあった。
それでもいつもマツバは回復を果たし、また飛び降りる。
いっそ『死にたい』と言ってくれれば、コトネは助けたりしないのにとさえ思った。それでもその意志表示だけはしないマツバを、コトネは助けるしかない。
 だから、飛び降りた後のマツバに、コトネは決まってこう言った。

「もう、こんな事、しないでね」
「ごめんね、コトネちゃん」

 謝らなくていいのに。分かったよと一言言えばいいのに。
どうせまた、飛び降りるんだものね、マツバさんは。コトネは口を結んだまま、ドンカラスの羽毛に手を沈めて、そう思った。





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