頬に、ほとりと雪が落ちる。
ともすれば普通は気付かないかもしれないような、至極柔らかな感触。
けれどその本当に極微かな刺激で、俺は意識を浮上させた。

「―――――」

上下が張りついてしまったかのように強ばる瞼を、無理矢理持ち上げる。すると、眩しいような灰色の空が視界を埋め尽くした。その果てからは、零れるように雪が降りてくる。
見慣れたシロガネ山の雪空だった。

「……ぁ」

生きてる。
死んでいなかった。
俺は、――生きていた。
のろのろと視線を動かすと、左側には崖が聳え立っていた。俺の落ちた崖だ。あんなに高い所から勢い良く飛び降りておきながら、死ななかった。新雪の柔軟性と、自分の図太さに、驚くばかりだ。
生きている。
目も見えるし、声も辛うじて出せる。
けれど、身体は動かなかった。力なく雪を掻くことは出来る。でも立ち上がるには、身体中があまりに――寒かった。温度差には人以上強いし、今までこの雪山で寒さを感じたことはなかった。それなのに、今は無性に寒くてたまらない。怖気が湧き出るような寒さだった。

「…………」

手の中には、収縮したモンスターボールが収まっている。中ではピカチュウが気を失っているようだった。ボールを放したりしなかった、よかった。壊れても、いない。
なら、せめてピカチュウだけでも助けてやりたい。
きっと、俺はもう動けない。ここから歩くことは出来ない。このまま俺がここでボールを持っていたら、ピカチュウまで駄目になってしまう。なんとか、俺が寒気に耐えられる内に、どうにかしてやらないと。

「……っ、う」

全身に力をこめて上体を少しでも起こそうとする。頭が割れそうに痛んで、目眩がひどかった。やはり起き上がれそうになくて、雪に再び倒れこむ。それでも首だけは、向きを変えることが出来た。
崖の反対には、森が広がっていた。鬱蒼と生い茂る針葉樹の根元に――何かがいる。
影が、もぞりと動いた。

「………ヨーギラス」

 野生のヨーギラスだった。木に隠れるようにして警戒しながらも、こちらを伺っている。
まだ進化をしていない幼いヨーギラスがこうして表に出ることが出来る。ということは、周囲に他には、何もいないようだった。他に当てはないということだ。

「……、頼みが、ある」

声をかける。ヨーギラスは逃げずに、俺を見ていた。

「この、ボール……麓のポケモンセンターまで、届けて、ほしい」

 ポケモンセンターに行けば、ジョーイさんがピカチュウを手当てしてくれる。ピカチュウだけしかいないことを不信に思ってくれれば、きっと洞窟に置いてきてしまった皆にも気付いてくれるに違いない。
ヨーギラスが俺の言葉を理解出来るとはそう思えなかった。けれど今、他に当てはない。このヨーギラスに頼るしかなかった。

「お願い」

ヨーギラスは、辺りを見回すようにしながら、一歩一歩こちらへと歩み寄ってきた。ゆっくりと隣へやってくる。俺は手のひらを開いて、モンスターボールを放した。

「ポケモンセンター、分かる……?」

すると、驚いたことにヨーギラスは小さく頷いた。
シロガネ山の野生のポケモンが人の言葉を理解できるとはなんて。もしかしたら麓まで降りて、ジョーイさんや一人で暮らしてる女の人を見かけて、言葉を聞く機会が会ったのかもしれない。それに、こうして俺に寄ってきて怯えもしないし興奮もしない。おとなしい性格なのだろうか。ならピカチュウが危害を加えられることもないはずだ。安心した。
 ヨーギラスは俺の手からモンスターボールを抱えあげる。そして、小さいながらも確かな足取りで森へと歩いていった。その後ろ姿が見えなくなってから、俺はふっと短いため息を吐いた。
よかった。
これで皆は大丈夫だ。そう思った。――途端に、視界がぼやけた。

「さ、む……」

 寒くて寒くて仕方ない。これは、今度こそ、死ぬだろう。でもよかった。飛び降りたまま死ななくて。そうしたら、ピカチュウ達が助けてもらえるかどうか分からなかった。
 そうしていよいよ、また瞼が上下が張りついてしまいそうになった、意識が朧いだ。

――その時だった。




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