千景 | ナノ




やってきました京の町!長い長い道のりを超えて、名字名前、遂に目的の場所に到着しました。京と言えば観光に来たかと思われますが、違います。私にはやり遂げなければならない使命があるのです、今、目の前にしている新選組屯所に。

「あそこから入って大丈夫だよね?」

名前は屯所の入り口から少し離れた物陰から、入り口付近をの様子を伺っていた。此処に来るまでに出会った町の人に聞いた限り、新選組とは物騒な人の集まりらしいので念のためにだ。もしかしたら入った瞬間に刀でぐさっとやられるかもしれない、という危険性も視野に入れながら。

「よし、いざ出陣!」

見たところ屯所入り口に怪しいものは無く、中も至って普通そうだ。一人で新選組に乗り込むという事もあり、緊張を解す為に独り言だが、気合を入れる。

「君、新選組になにか用でもあるの?」
「うわあっ」

気合を入れ、立ち上がった名前に後ろから見計らっていたかのように声がかけられた。突然、自分の近くから声がして、思わず驚いて素っ頓狂な声を上げてしまう、普段は人の気配に敏感なのだが、今日はいつもと違う場所だからか、人の気配に気づけなかった。

「こんなとこで隠れて、何してたの?」

振り向いたそこには、浅葱色の羽織を着た、男の人が立っていた。浅葱色の羽織とは新選組の一員という事を意味している、運が良いのか、悪いのか、此処で新選組に見つかるのは名前にとって予想外だった、けれどあまり動揺しては怪しまれてしまう、平静を装いながら言葉を選んで言葉を返した。

「新選組をお訪ねするのは初めてなので、少し緊張してしまって…」

敬語は名前の癖でもあるが、それに加えて目線を下向きにして、田舎からやってきた女の子の様な対応を心がける。あくまでも名前の想像での田舎からやってきた女の子なので、名前の対応に新選組の一人は「ふうん、そうなんだ」と視線では疑いながらも、少し納得したようだった。

「で、何の用で来たの?」

この人は新選組でも偉い位置の人間だ、と名前は思った。纏う空気や、言動で予想が出来る。下手な嘘を付くよりも、本当の事を言った方が良いと名前は考え、「実はお会いしたい人がいるんです!」と言うと、驚いたのか目を少し見開き、その後口元に楽しそうな笑みを浮かべる。

「へえ、まさか誰かの恋人?」
「いえ違うと思うんですが、でも本当はそうなのかも…どうしようそうだったら、もしそうだとしたら私此処に来た意味がありません!」
「……君、自分が何言ってるか理解できてる?」

もう恋人なのかもしれない、と名前は考えもしなかった。言われて初めてその可能性を考え、これは早く事実を確かめに行かなくてはいけない、と結論になった。一方新選組の一人は、名前の言動が理解できずに、頭を傾げる。

「それで、誰に用があるのかな?」

新選組の屯所に一歩足を踏み入れると、そこで新選組の人は立ち止まり、名前の進行も止めるように名前の前に立った。今更ながらに、真正面から見て、この人美形さんだな、と名前は思った。此処まで整った顔は珍しい、千景様には劣るけれど、と内心千景を思い浮かべ小さく笑う。

「あの、雪村千鶴さんという子にお会いしたいんです」
「千鶴ちゃん・・・?」

すると、新選組の一人は目を見開き、驚いたように名前を確認してくる。雪村千鶴、今日はその子に会う為に新選組に来たのだ、名前は雪村千鶴というのは新選組の一人という事しか知らなかった為、目の前の反応に戸惑う。

「君、千鶴ちゃんの事何で知ってるの?」

新選組の一人は先程までは口元に笑みを浮かべていたが、今は笑みが消え、目を細め名前を見つめている。そこには返答の拒否を許さないという、言葉も篭められているのが名前にも分かった。それでも、此処では千景の名前は出せない、出せば後々千景に迷惑がかかるかもしれないからだ、今日の新選組訪問は自分の単独行動であって、千景に頼まれたわけでは無い。返答に困っていると、男の目が余計に細められる。

「駄目、千鶴ちゃんには会わせられない、君怪しいからちょっと来て」
「え、ちょっと!離してください!」

名前は腕を掴まれ、そのまま引っ張られるように、屯所の中に連れて行かれそうになる。腕を縦に振って、振り払おうとするけが、見た目より力が強く、全然力が弱めならない。

「何で貴方に決められなきゃいけないんですか、美形さんだからって我が儘はいけないと思います!」

大声で訴えると、面倒くさそうな視線が名前に注がれる。

「黙ってなよ、連れて行かれたくなければ千鶴ちゃんを知ってる理由を話して」
「そんなに千鶴さんを知ってたら変ですか?」
「うん、そうだね」
「ち、千鶴さんとは昔からの友達です!」

一番妥当な、且つ怪しまれないような嘘を付く、此処で嘘を言わなければ通して貰えない雰囲気だったからだ。案の定男は、その場で立ち止まるが疑う視線を弱めずに名前を見つめる。

「嘘じゃないよね?」
「はい!」

私は嘘を付いていません、心の綺麗な人間です。と言うような声で返事をすると、男は怪しがりながらも、「ちょっと待ってて」と一人屯所の中に入っていった。これで嘘だというのがバレてしまうのは時間の問題だ、でも仕方無い。こうでもしないと美形さんは通してくれないだろうから。

少し待っていると、人の話し声が聞こえてきた。

「私に用って…あまり心あたりが無いんですが」
「昔からの友達とか言ってたけど、実際どうなんだろうね?」
「そいつ明らかに怪しいじゃねえか、何で通したんだ」
「だっておもしろそうな子だったから」

屯所から出てきたのは3人だった、最初に会った男にに続いて女の子と男の人、きっとあの女の子が雪村千鶴さんなのだろう、男物の服を着ているが、目が大きくて可愛らしい雰囲気の子だ。千景様が妻にしたがる理由もわかるな、なんて思いながらその子に視線を向けた。

「ほら千鶴ちゃん連れてきたよ」

雪村千鶴さんの戸惑うような目が私を見つめる、名前が昔からの友達だと思っているようで、必死に名前の事を思い出さそうと、思考を巡らせているようだ、本当は昔からの友達では無いから、一生懸命な顔をしている千鶴を見て名前は罪悪感を感じた。それでも、当初の目的は果たさないといけない。名前は千鶴に一歩踏みより、一息置いてから、言葉をつむぐ。

「雪村千鶴さん!」
「あ、はい!」
「今日は雪村さんにお願いがあって来ました」
「わ、私にですか・・・?」
「私を雪村さんの弟子にしてください!」

そう言うと名前は頭を思いっきり下げる、「え・・・?」と何を言われたのか理解できず、千鶴が戸惑うような声を出した、最初の男ともう一人着いて来た男も、名前の行動に驚いたのか、2人で顔を見合わせる。「おい総司!昔からの友達じゃねえじゃねえか!」「嘘つかれちゃったみたいですね」「てめえ、分かっててこいつ入れやがったな…!それにしても何だ千鶴の弟子って」「あの子頭変なんですよ」「そんな奴を通すんじゃねえよ」「今更仕方無いじゃないですか」「それでもお前は新選組幹部か!たくっ厄介ごと持込やがって」もちろん名前にもその会話は聞こえたが、あえて聞こえないフリをする。

「あ、頭上げてください」

千鶴はこの状況をどうして良いのかわからなかったが、取り合えず頭だけは上げてほしく、頼み込むように言った。名前は言われたとおりに頭を上げる、とそこには今にも泣きそうな千鶴の顔があり、お願いを聞いて貰えそうに無い、と思った。

「あの、駄目ですか?」

恐る恐る名前が聞いてみると、千鶴も困ったように顔を歪めた。

「…だ、駄目というより何で私なんですか?」
「それは千鶴さんのような女の子になりたいからです!」
「私のようなですか・・・?」
「はい!」
「やめときなよ、君と千鶴ちゃん性格正反対だから」

横から総司と呼ばれた男が会話に入ってきた、総司と言えば、沖田総司が新選組一番隊隊長だったな、と名前は思い出した。一番隊隊長のくせにその馬鹿にするような物言いに名前は頭にきた。

「美形さんは黙っててください!関係ないじゃないですか!」
「僕は親切に忠告してあげてるんだけど」
「余計なお世話です、私は雪村さんに聞いてるんです」
「おい、そこの餓鬼」
「何ですかおじさん」
「・・・てめえ」
「ははは土方さんにおじさんとか、君勇気あるね」

一人会話に入ってきたかと思うと、土方さんと呼ばれたもう一人も会話に入ってきて、名前は限界が来ていた。土方という名前からして、あの有名な鬼の副長なのだろう、と思う。偉そうな言動を見ると一目瞭然だ。

「千鶴の弟子ってどういう事だ、こんな奴の弟子になって何がしたいんだ」
「こんな奴ではありません、雪村さんはかわいい素敵な人です」
「……お前は、かわいい素敵な人になりたいのか?」
「そうです」
「・・・」

土方は面倒くさそうにため息を付いた。

「あの、まずはお名前から聞いても良いですか?」

空気が悪くなる中、千鶴はそれに耐えられずに場の空気を和ますように、名前に話を振った。

「そうですね、申し遅れました、私名字名前と言います」
「名字さん?」
「はい、ぜひ名前と呼んでください」
「おい!千鶴、そんな変な奴と仲良くしてんじゃねえ」
「へ、変な奴とは何ですか!」
「見るからに変な奴じゃねえか、追い出されたくなかったら、とっとと出て行け」
「ひ、ひどいです!おじさんなんて大嫌いです」
「ハッ、お前に嫌われても痛くも痒くもねえ。俺だってお前が嫌いだ」
「じゃあ私の会話に入ってこないでください!」
「うるせえ!千鶴は俺らが預かってんだ、好き勝手されちゃ困るんだよ」
「おじさん過保護すぎです!私は雪村さんの意思を尊重すべきだと思います!」
「上等じゃねえか、おい千鶴!お前どうしたいんだ」

突然話を振られて、千鶴は言葉に詰まってしまう。名前は必死に瞳で何かを訴えてくるし、土方はそれはもう鬼の形相で見てくるし、2人の視線が痛かった。助けを請うように沖田を見るが、楽しそうに笑っていて、逆にこの状況を楽しんでいるようだ。

「わ、私は」

千鶴は何か喋ろうと口を開くが、言葉が出てこない。困り果てて今にも泣きそうな千鶴を見て、名前は急に小さい子をいじめている感覚に襲われた、少し熱くなりすぎて、千鶴を困らせているだけだと気づく。すると、途端に罪悪感に包まれた。

「ゆ、雪村さん、ごめんなさい。私が無理を言い過ぎました…」
「ハッ分かってるなら、始めっから頼むんじゃねえ」
「うるさいです!おじさんも目で圧力かけないでください!凄く怖いです、そんな目で雪村さんを見ないでください!」
「ああ!?てめえに指図される覚えはねえ」
「指図って…!もっと優しく対応できないんですか?」
「俺はな新選組副長だ、優しくなんてしてられるか」
「何ですかその副長は優しくない、なんて固定は。普段は厳しいけれど、ふとした所で優しいのに女の子は恋してしまうんです」
「お前の好みなんて聞いてねえ!」

また、名前と土方の言い争いが始まる、沖田は楽しそうにその様子を見ていて、千鶴は2人を止めようとするが、どうにも2人の剣幕には勝てそうにない。

「お前さっきからおじさんおじさん、て馬鹿にしてんのか!餓鬼はとっとと帰りやがれ!」
「が、餓鬼じゃないです!違います!若さを妬むのは醜いですよ」
「女だからって調子に乗ってんじゃねえぞ!」
「女だからなんて関係ありません、私は私です」
「……お前疲れる」

土方は呆れた顔で名前を見て、話すのはもううんざりといった様子で反論を止めた。名前は勝ち誇った笑顔を浮かべて、土方を見る。土方と名前の言い争いが終わり、千鶴は意を決して口を開いた。

「あ、あの!名字さん」

千鶴に呼ばれた名前は、土方から目を離して千鶴を見た。「はい、なんですか?」と土方への対応とは違い、丁寧な口調で答えると、千鶴はほっとしたように肩の力を緩めてから、話し始めた。

「私なんかの弟子になっても、土方さんの言う通り得にならないと思います」
「!そんなことは・・・っ」
「そんなことあります、だから…えっと、その」

中々言いたい事が言えず、ぶつぶつと小さい声で呟く千鶴。その様子を土方と名前は首を傾げて見つめた。

「その…できたら、お友達になって貰えませんか?」

千鶴の発言に、それぞれが驚いた。名前は頭に石が落ちてきたような衝撃を受けていて、土方は信じられないという目をしていて、沖田は楽しそうに口の端を吊り上げた。

「千鶴!てめえ何言ってんだ!」
「え、いや。だ、駄目ですか・・・?」
「こんな得体の知れない奴、駄目に決まってんだろ!」
「で、でも名字さんは悪い人には・・・」

今度は千鶴と言い争いを始めた土方、その様子を名前はぼんやりと見ていた。千鶴に言われた一言が、頭の中で反響している。まさか「友達になってください」と言われるとは予想をしていなかったからだ、そもそも名前には友達という存在がいない、不知火や天霧は友達に近い存在かもしれないけれど、友達というより家族といった方が合っている気がした。

「どうしよう・・・私」

先程まで自分の目的で埋め尽くされていた頭が、真っ白になってしまった。それは千鶴の優しさに触れたから、自分の勝手さを知ってしまったからだ。

「何、君固まっちゃってるけど、そんなに千鶴ちゃんと友達になりたくないの?」

そう言って沖田は口の端を吊り上げた。決して友達になりたくないわけでは無い、では何なのかと聞かれれば、自分にそんな資格が無いと分かってしまったのだ。

「ごめんなさい、雪村さん。今日のところは此処で帰ります」
「え・・・?」
「決して雪村さんと友達になりたくないわけではありません、でも今日は失礼します」

くるり、と名前は千鶴達に背を向けた。そしてそのまま足早に屯所を後にする。千鶴達は名前の突然の変異に驚いていたが、土方は厄介なのが帰ったと早々に屯所に帰っていった。

「私、何か悪い事しちゃったんですかね…?」
「そんなに落ち込む事ないんじゃない?また来るみたいだしさ」
「…そうですね」

自分が悪いと勘違いをしている千鶴を、沖田は珍しく励ましているようだ。千鶴は納得がいかなかったけれど、また名前が来てくれるのだと思うと、嬉しかった。

***

「あーあ、何か馬鹿みたいだな」

新選組屯所を後にした名前は、帰路の途中で苦笑気味に笑みを零した。目的であった千鶴には会えたものの、想像とは違った人物だった。千景が嫁に迎えたいと言うのだから、美人で少し強めの女の人を想像していた名前だったが、千鶴はかわいらしい女の子だった。それにとても優しい人柄、想像とは真反対だった。名前が新選組屯所を訪ねたのには理由がある、千景は最近、雪村雪村と口癖のように不知火や天霧に話していた。それを聞いて名前は純粋に、千景が嫁に迎えたいと思える人ができて嬉しいと思う反面、酷く辛かった。けれど、もしかしたら自分も千鶴のようになれたなら、千景が自分を見てくれるかもしれない、そう思って今日は千鶴の元を尋ねたのだった。いざ、千鶴と会ってみると、自分の考えがいかに汚いかに気づいてしまった、千鶴は自分よりも何倍も可愛くて、純粋な子だった。友達になりたい、千鶴が言った一言に自分がいかに汚いか名前は気づいてしまった。

「千景様が雪村さんを好きな理由も分かるな」

これからは千景を応援しよう、と心から思えた。自分の気持ちは心の奥に閉まっておこう。そう決めて、名前は千景の待つ鬼の住処に足を進めた。