千景 | ナノ




かれこれ一刻程、私は自室で頭を悩ませていた、普段頭を使わない為、これだけ脳を使ったのは久し振りな気がする。目の前の机の上に乗っている簪と睨み合ってから、その場から動いていない。凄い集中力だ、我ながら尊敬する、けれど女として生きて十数年もう少しで二十年、簪も使えないとはどういう事だ、なんか刺すのは解る、髪に刺すのは理解しているのだけれど、その髪をどうすれば良いか解らない、普段は適当に一つに纏めているけど、それじゃあ簪は刺せない、ああ、困ったどうしよう

「何をしている」

「あ、千景様!」

私が頭を抱えてごろごろ転がり始めた頃、障子が何の前触れも無く開けられて、千景様が入ってきた。

私の方を眉をひそめて見てから、視線が机の上の簪に移る。あ、見られた恥ずかしい

「お前も簪など付けるようになったのか」

「いやーそれが付けられなくて困ってるんですよね」

そう言うと千景様から呆れた様な視線が向けられた「それでも女か」と言われて、ぐさっと胸に槍が刺さった気がした。矢じゃなくて槍なとこがに私の痛みを表していると思う、だって千景様に女って思われてなかったら私生きてきた意味ないもの!

「はあ……貸してみろ」

ため息つかれた!と思ったら、千景様は私が了承してないのに簪を手に取る。それをまじまじと見てから「安物だな」と鼻で笑った、失礼極まり無い!千景様だから許すけど

「だってそこらへんの怪しいお店で買ったんで」

「お前は馬鹿か、いや馬鹿だったな」

「私馬鹿断定なんですか!」

「何故これを買った」

「えへへ、一目惚れなんですけど、これ色が千景様色なんですよ」

「……………」

「(あ、引かれた)」

千景様の視線に耐えながら、笑顔を保つ。ここで私が「気持ち悪くて、申し訳ない」と言ったら負けだ、千景様には私の愛に慣れてもらわないと困る。数秒間睨み合い、(この場合私が睨んでいないから何と呼べば良いかわからないけど)の後、千景様は一度呆れた顔で視線を逸らすと、「後ろを向け」と言った。まさか後ろから蹴られるんじゃ・・・!と思い「な、何でですか?」と聞くと、無言で流される。え、ちょっと怖いんですけど、千景様。でも逆らえない(逆らうともっと危険だ)

正座をして千景様に背を向けると、千景様もその場に座った。え、私斬首ですか?そんなに罪重いですか?心臓が飛び出しそうな程緊張していると、千景様の手が私の髪の毛に触れた。

「ぎゃああああああああああああああああ」

普段の千景様が私に髪の毛を触るときと言えば、殴る時殴る時殴る時、大体が殴る時だ。それなのにいきなり普通に髪の毛触られて大声で叫んでしまった。しかも後ろ髪を梳く様に触られた為、首筋に千景様の指が触れて、ぞわぞわっと背中に鳥肌が立った。

「いきなり大声を上げるな」

「だ、だってち、千景様が、か、か、かみ」

「………動揺しすぎだ」

千景様が触れた髪を手で押さえながら、涙目で後ろを振り向くと本日何回目かの千景様の呆れ顔が見られた。

「いきなり何ですか!心臓止まるかと思いましたよ!」

「簪を付けてやろうとしたのだが」

「え・・・?」

あれ、おかしい千景様が優しい…?新手の嫌がらせか何かだと思ったら、まさか簪付けてくれようとしてるなんて思いもしなかった。これは大分失礼な事を言ったかもしれない、「わわ、そうなんですか!ごめんなさい、なんか勘違いしてました!ぜひともお願いします」と謝ると、許してくれたらしく「解ったなら、動くな」と言われた。これは大人しく従うしかない、背筋を伸ばして前を向きなおした。

すっと千景様の指が髪を梳いていく、生憎櫛を持ち合わせていない為、このある意味拷問のような状況を拳を膝の上で握って耐えるしかない。千景様といる時は大概私が騒いでしまう為、この静かな空間が耐え難い。逃げ出したい、大変だ緊張しすぎて手が震えてきた。

「もう少し上を向け」

「・・・っ」

耳元で千景様の低い声が響いた、またぞわっと背中に鳥肌が立つ。息がかかる程近い距離に千景様がいるのかと思うと、そろそろ失神すると思う。

「おい、名前聞いて「ほわあああああああああああああ」

もう駄目だ、耐えられない名前を耳元で言われたら、叫ばないわけがない。

「……いきなり大声を出すなというのが解らないのか」

「だって千景様の声駄目です、なんか心臓に悪いです!」

「耐えろ」

有無を言わさぬような声で言われて、了承するしかない。それに私はやって貰ってる側なわけで、文句は言えない(大分言ってるけど)それに普段の千景様ならこんな事はしてくれない、この機会を逃す訳にはいかない!頑張るんだ名前!

「わかりました、お願いします」

***

「出来たぞ」

千景様の一言で、体の力が一気に抜けた。必死に耐えた、私がんばった。もう自分の寿命分の気を張った気がする、そっと後ろ髪を触ってみると、綺麗に結んであるみたいで簪もちょうど良い位置に挿してあった。千景様やり慣れてたりするのかな・・・?この千景様の意外に器用な所とかが可愛くて好きだ。

「うわああ、千景様ありがとうございます!」

千景様がやってくれたと思うと、喜びも数倍だった。早速鏡で確認してみると、心なしかいつもより女っぽい自分がいた。

「千景様!これ似合ってますか?」

「……想像よりは大分見られるな」

「本当ですか!?やった千景様に褒められた!」

部屋を駆け回る勢いで騒いでいると、千景様に「暴れると取れるぞ」と言われたので、大人しくする事にした。でも、この嬉しさは騒がないと収まらない!

「そろそろ夕餉の支度をしろ」

「あ、もうそんな時刻ですか?了解しました!」

よし、この嬉しさは料理に向けるとしよう!