千景 | ナノ




「風間様!」

嫌な予感がした、名前がこうやって俺の事を呼ぶ時は大体面倒なことが起こるときだ。瞳を輝かせて楽しそうにする様からは、考えつかないほどに疫病神かと思われる厄介事を持ち込む、これが外から来た厄介事ならまだ仕方が無いが、こいつの場合は自分で厄介事を作るのだ。つまりは疫病神に近い。

「風間様聞いてますか?風間様!」

人が忙しい時に限って背にくっつくようにして追いかけてくるのは、根っからの空気が読めない人種なのだろうか。しつこく名前を連呼されるのにも我慢の限界がきた為、返事をしてやる事にした。

「何だ?」

俺が目線を合わせると、名前はそれは嬉しそうに顔を綻ばせた。やはり返事はしない方が良かったかもしれない

「風間様、あの、えっと」

珍しい事もあるものだ、言いづらそうに顔を俯かせながら、あ、とかえっととかを繰り返している。正直気味が悪い

「ちーちゃんて呼んでも良いですか?」

瞬間空気が固まった、いや俺の周りだけ空気が固まった。意を決した様に顔を上げて名前が言った言葉は予想外のものだったからだ

「誰をだ」

「風間様!」

嫌な予感とは当たるものだ、この俺をちーちゃんだと?笑わせてくれる

「何故その様な奇妙な呼び方をされなくてはならない」

「可愛いからに決まってます!」

「…………………」

「………風間様?」

「…………………」

「……か、風間様?」

「………………………」

「ちーちゃん!いだだだだだだだ」

脳内がどういう構造になっているのか見てみたいものだ、潰すようにして名前の頭を片手で掴むと濁った悲鳴をあげる

「風間様痛いです!死んじゃいます!」

瞳に涙を溜め始めた名前を見て、仕方無く手を離してやった、恨めしそうに俺を睨みながら「ちーちゃん酷いです」と呟いた名前にまた殺意が沸いた。

「もう一度その名で呼んでみろ、その時は」

「わあああ、すいませんでした!もう言いません!」

まったく世話のかかる奴だ、用件はそれだけのようらしい、時間を無駄にしてしまった

「その様に奇妙な呼び方をするなら、名で呼べば良いだろう」

「え!名前で呼んで良いんですか?」

「呼んではならぬとは言っていないだろう」

「ほ、本当ですか?」

返事をするのが面倒だ、黙っているとそれを肯定と取ったらしく、途端に奇声を上げながら飛び跳ね回る。

「千景様!千景様!千景様!」

「………何だ」

「えへへ、千景様ー」

どうやら機嫌がかなり良くなったらしい、満面の笑みで名を連呼している、何故こいつはこんなに鬱陶しいのだろうか

「……黙れ」

頭を叩いて黙らせようと手を払うと、ひゅっと空気を切る音がした、何?俺の攻撃を避けただと?しゃがんで俺の手を回避したらしい名前は、俺と目が合うと何やら変な体制になった、片足を後ろに下げて、走る前の体制だ。

「とーうっ」

飛んだ、と思ったら俺の腰に飛びついてきた、たかが1mくらいしか名前との距離は無いというのに、助走を付けて飛ぶとはどういう事だ、俺が鬼といえど痛いものは痛いのだ、ドスッと鈍い音がして腹に痛みが走る、俺の胸元に頭を擦り寄せて、まるで猫の様だ。誰がこんなに馴れ馴れしくして良いと言ったのだ

「千景様体温低いんぶほっ」