千景 | ナノ




「おい、風間待てって」

人の質問を軽く流すだけで、部屋に籠もろうとする風間を強引に引き戻した。後ろで天霧が心配そうにこちらを伺っている

ただでさえ名前の様子がおかしく心配していたのに、帰ってくるのが早く、しかも風間一人で名前の姿が見えないのは最悪の事態な気がしてならなかった。

名前はどうしたのかと尋ねても、風間は答える気がないのか口を開かない。

「おい風間、いい加減にしろって何拗ねてんだ」
「…拗ねてるとはこの俺を馬鹿にしてるのか?」

「(何でこいつはこんなに餓鬼っぽいんだ)名前はどうしたのかって聞いてんだよ」
「あいつは我等を裏切った」

「はあ?」
「新撰組に寝返った、それだけだ」

風間は吐き捨てるようにそう言うと、入ってくるなと言わんばかりに襖を勢い良く閉めた。

「仕方ねーなー…」

不知火は面倒くさそうにため息を吐いて、風間の部屋の襖を見やった。どう拗れたのか分からないが、風間も名前も総じて馬鹿なんじゃないかと不知火は思う。

第一、あの名前が裏切るわけが無いだろう。それだけは確かな事だ

「名前探してくる、お前は風間の様子見ててくれねーか?」
「…分かりました、気をつけて」

天霧も名前が心配なのだろう、不知火よりも気が気でないという表情をしている。

「まったく世話がかかる奴等だよな…」

一人屋敷を出て、今何をしているか分からない名前の事を考えた。鬼ならば気配で追えるが、人間の名前を探すのは労力がいるように思える。

「雨降りそうだな」

不知火は番傘を二つ持ち、屋敷から続く道を歩き始めた。

***

「雨…」

千景様とっくに屋敷に着いた頃だろう、今日の夕餉は誰が作るのかな、千景様と匡ちゃんは無理だろうから、九ちゃんが作るのだろうか…九ちゃんの作るお味噌汁はとてもおいしい、いつも私が作らせて貰ってるけど九ちゃんが作る方が、本当は良いのかもしれない。

千景様を追いかけて誤解を解きたかったが、私はもういらないのだと思うと立ち止まってしまって、けれど思いとは裏腹に足は歩き出してしまって、また立ち止まる。それを繰り返していたら森の半ばあたりまで来てしまった。

これ以上は歩けない、と木に寄りかかるように膝を抱えて地面に腰を降ろした。膝が途端に痛み出して、もう立ち上がる気力すら無かった。

少しの間そうしていると、追い打ちをかけるように雨が降り出した。小降りだったものが、あっと言う間に本降りになってしまう。夕立というよりも、一日中降り続きそうな雨に加えて、もう日が暮れて当たりは真っ暗だった。

容赦なく降る雨で、着物は水を含んで肌に張り付いていた。それを気持ち悪いと思うのすら面倒で、膝を抱えた腕に顔を埋めた。