千景 | ナノ




京の街はいつもと変わらない賑わいを見せていて、天気も快晴、道行く人は楽しそうな笑顔を浮かべて通り過ぎていく。

名前はそんな街並みを何処か遠くを見る気分で歩いていた。いつもは食材の買い出しに来るのだが、今日は違った目的だ。名前は隣を歩く千景を見上げて、また視線を下に戻す。

普段なら千景と出掛けるとなれば、はしゃぎすぎて怒られるのが常なのだが、今日はまったくそんな気分になれなかった。もちろん千景と出掛けるのは嬉しいのだが、前に新撰組を訪れた時の事を思い出すと、気持ちは落ち込む一方だった。

千景は何が目的で新撰組に行くのだろうか、思い当たるのは千鶴しかいなくて、正式に千鶴を千景の嫁に迎えるのでは無いかと内心不安で一杯だった。勝手な名前の想像でしか無いのだが、千景の言動を見ると何時千鶴を連れてきても可笑しくはなかった。

千景と千鶴がそういう関係になるなら、喜んで見守ろうと思ったのに、いざとなると心の底では嫌がっている自分がいた。

もし、二人が夫婦になって自分がいらなくなったら…と考えるだけでも辛い、そしてそれ以前に

「今日は異様に静かだな」

千景が突然口を開き、名前は飛び上がるのでは無いかと思う程に驚いた。

「そうですか?最近少し体の調子が良くないかもしれないです」

苦し紛れに応えると、千景は名前を一瞥したが、それ以上言及はしてこなかった。

たったこれだけだ、千景に自分の変化を気にかけて貰えた、ただそれだけでこんなに嬉しいのに、もしそれが無くなってしまうのだと思うと…考えるのすら体が拒絶するのに。

私は千景様無しで生きていけるのだろうか、それは実際にそうならなければ分からないけれど、今は出来る限り千景様の役に立ちたい。

「千景様、人間の私が千景様と一緒に居るのを見られるのはあまり良くないと思うので、新撰組に着いたら顔を隠します」
「…好きにしろ」

用意しておいた面を取り出して、顔に付けた。これで街中を歩いていたら怪しいことこの上無いが、一度新撰組に来ていることを千景に知られたくないのと、新撰組の人間に自分だと知られたくないのだから仕方がない。

千景は自分が鬼であるのが一番の誇りだ、だから人間の私が一緒にいるのだとあまり知られたくないだろう。それに、千鶴と接触したと千景に知られてしまったら、千景は良い顔はしないだろう。

所詮は我が身が大事なのか、と自嘲してしまう。千景に好かれたいが為に、千鶴という存在がいるのに、こんな事をしている私は何て汚いのだろうか。

知られてしまったら千景に嫌われてしまう、それが怖くて仕方が無い。

新撰組の屯所はもう目の前だった。