レギュラス | ナノ

そう、自分は死んだのだ。

本当ならあの暗い水の底で眠っているはずなのに、今は此処にいる。目に映る景色も冷たい海の水の感触も、全てが確かに感じる。なら、夢を見て思い出した自分の終わりの方が夢だったのだろうか、今まで忘れていた自分が死んだという事実は、果たして夢なのか。

あれは夢では無い

記憶がそう言っていた、自分は自らの意志で死を選んだのだから。

どちらかと言えば今いる世界が夢なのだ、死後の世界は美しいと言うけれど、僕はそれを信じたことは無かった。死の後には何も無いのだと、そう考えていた。

「思い出したんだね」

名前は悲しそうな顔をして、そう言った。

ああ、やはり此処はそういう場所なのだ

「ショックだった?」
「…いえ、大丈夫です」

「本当は自分が死んだ事は思い出さずに過ごすはずなんだけど、たまにねレギュラスみたいに思い出しちゃう人がいるんだ」
「名前さんも、そうなんですか?」

「私は…分からない、もしかしたら生まれたときから此処に居たのかもしれないし…でもこの世界に来た人を楽しませるのが私の役目だから」
「…僕は死後の世界なんて、信じていませんでした」

「死んだ人全員がこの世界に来るわけじゃないの」
「此処は地獄というより天国に近いと思うのですが、僕に天国に行く資格は無い」

「それこそ神様が決めることなんじゃないかな」
「神様がいるんですか?」

「私は見たこと無いけどね」

自分の死後について話すなんて、何とも言えない気分だ。思えば自分にとっての神はあの方だったのだ、あの方と闇の魔術が自分の全てだった。それはもう過去の話なのだけれど。

「全部思い出したの?」
「此処に来る前に消えていた記憶は全て戻ったと思います」

「そっか…」

名前はただ遠くを見ていた、越えられない水平線の向こうを見ているように。
彼女の目にはこの世界はどう映っているのだろう、今まで自分が死んだという事実を忘れている人間を、ただ安らかに眠れるようにする、ただその為だけに生きてきたのだろうか。

足下から聞こえる波の音だけが穏やかで、自分の存在の小ささを感じた。広がる海も空も、全てが途方もなく大きな存在。

すうっ、と名前の横顔に一本の線が流れた。まるで夜空の星が流れるように、瞳から流れた水滴は頬を伝って海に落ちた。

「レギュラスまだ私より年下なのに」
「名前さん…」

「私が泣くものじゃないのは分かってるけど…ごめんね、レギュラス」

静かに涙を流す名前に被る、知らない少女の残像。まただ、記憶の隅から痛みが伝わってくる。この少女は誰なのだろう、自分は本当に全てを思い出したのだろうか?分からない、記憶の何処を探っても少女はいない。家にもホグワーツにもあの方と共にいた仲間にも。

「約束したのに」
「え…?」

約束…?自分が言った言葉に、自分が戸惑ってしまう。約束って何だ、誰との約束?

自分は何を忘れているのだろう

「すいません、何でも無いんです」
「そっか…泣きたいのはレギュラスの方だよね、ごめんね自分が鬱陶しい…」

「そんな事は無いです、それに死ぬのは自分で決めたことなんです 後悔はしてません」
「その歳でそんな台詞を言うのは、レギュラスくらいじゃないかな」

「それは精神年齢が老けていると言いたいんですか?」
「ち、違うよ!」

「別に気にしてませんよ」

レギュラスはふわり、と口元に笑みを浮かべた。

「レギュラスは大人だね」
「名前さんは見た目の割に子供ですね」

「失礼だなー…泣いたり信じられないって言ったら、聞いてあげられるのに」
「じゃあその分名前さんが泣いてください」

「そ、それじゃあ意味無いでしょ!」
「既に泣いてますけどね」

「うるさいなー」

どうしてだろうか、名前と話していると全てがそれで正しいような気がしてくる。自分がしている事は間違いでは無いのだと、此処に在るものは確かなものだと思える。

「あーもう、本当はもっとしんみりした雰囲気になるはずなのに、レギュラスはなんなの」
「僕だけのせいだとは限らないと思うんですが」

「私のせいだって言いたいの?」
「いえ、名前さんのお陰です」

レギュラスがそう言うと名前は気恥ずかしそうに俯いて、「レギュってたまに紳士なるから困る」とレギュラスに聞こえないくらいの小さい声で呟いた。

「あまり深く考えないようにします、僕はもう死んでますからね」
「も、もうちょっと違う言い方しようよ!」

「良いんですよ、これで あ、でも」
「うん?」

「まだ一つ思い出せない事があるんです、名前さんを見てるとそれが思い出せる気がするので、最後まで今まで通りに接して貰えますか?」
「あはは、それはもちろんだよ こちらこそお願いしたいもん」

いつの間にか時間が穏やかに流れ始める、名前と二人だと他の誰かと居たときよりもずっと安心できるな、とレギュラスは思った。

残された日数は後、三日だ

無数の光に彩られて、二人は水平線の向こうを見ながら笑い合った。


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