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レギュラスが台所の掃き掃除を終えて庭を覗いて見ると、ちょうど名前がシーツを籠に入れて運び出しているのが見えた。両腕を広げてやっと持ち上げられる大きさの籠は、とても重そうだ。 「持ちますよ」 「あ、レギュ。ありがとう そっちは終わった?」 「僕が掃除必要が無いくらい綺麗でしたので、もう終わりました」 「うーんやっぱりおばあちゃん丁寧にやってるからな…これお礼になってると思う?」 シーツの入った籠を地面に降ろし、レギュラスは少し考えてから答えた。 「マーサさんは名前さんが手伝っているという事が嬉しいと思いますよ」 きっとあの優しいマーサはそう考えているに違いないとレギュラスは思っている、そしてそれは多分間違ってはいない。 「そ、そうかな?」 名前は照れくさそうに下を向いたが、口元は嬉しそうに笑っているのが見えた。 「きっとレギュも手伝ってくれてるから、嬉しさ倍増だね」 「そうだと良いんですが」 「そうに決まってる よし、レギュはシーツ浮かせておいて」 名前はシーツと一緒に籠に入っていた洗剤らしき入れ物を持ち、庭の隅にある水道から伸びているホースを構えた。 「浮かせるというのは、そのままの意味ですか?」 「そうだよー2mくらいかな」 魔法を使えという事らしい、レギュラスはシーツに視線を向け、浮くように声を出さずに唱える。この無言呪文に似た魔法の使い方にも慣れたものだなと思った。 「よっ、と」 レギュラスの魔法で宙に浮いたシーツに向かって、名前は軽く洗剤を撒いてからホースの口を向けた。少し遅れてホースから水が出たと思うと、洗剤は粉から泡に変わり一瞬でシーツを泡が包んだ。 「良かったうまく出来た」 泡まみれのシーツが宙に浮いている光景はなんとも不思議で、シーツから泡が放れて空に向かってゆっくりと飛んでいく。それはまるでシャボン玉のようだ。 そういえばこの島では箒で飛ぶ事は出来るのだろうか、とレギュラスはシャボン玉を見てふと思う。 「名前さん」 「うん?」 「此処では魔法が使えますが、箒で飛んだりは出来るんですか?」 「あー…出来ない事も無いんだけど」 名前は何やら考え込む仕草をしてから「出来る事は出来るんだけど、ちょっと危ないんだよね」と呟いた。 「レギュラスは箒で飛ぶのうまかった?」 「まあ、平均より少し上くらいです」 「よし!じゃあ大丈夫かも」 「いやあの無理に飛びたいという訳では…」 シーカーをしていたレギュラスは箒で飛ぶのは嫌いではなく、むしろ好きだった。飛べるというのなら飛びたいが、名前の言動から身の危険を感じてならない。 「大丈夫だよ、落ちたりはしないと思う」 考えている事を見透かしたように、名前は言った。「明日挑戦してみよう!」挑戦という言葉からして、危険はあるのかとレギュラスは内心ため息を吐いた。けれど、飛ぶのには多少の自信がある為、不安というよりむしろ楽しみに思っている自分がいるのに気づく。 「名前ー」庭に面した扉からマーサが顔を出し、名前とレギュラスに向かって手招きをしていた。「おやつ出来たよ」名前はパアッと表情を明るいものにして、「これが終わったら行くね」とマーサに答えた。 宙に浮かんだシーツは絶え間なく泡をシャボン玉に変えて、空に向かって飛ばしている。広がる青空を見てレギュラスは明日雨が降ったらどうしようか、と思ったがホースから水を出し始めた名前を見て、何となく明日も晴れる気がした。シーツに向かって放射線を描く水が、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。 *** 家の中に入ると、机の上に置かれているのシフォンケーキが目に入る、ふわふわのケーキの上に甘い香りのクリームが乗せられている。 「いただきまーす!」 イスに飛ぶように腰掛けてから、早速ケーキを頬張る名前をマーサはいつものように笑顔で見守っている。 「名前もレギュラス君もありがとうね」 突然マーサが名前とレギュラスを交互に見たが、一瞬何故お礼をされているのか分からずに、二人共きょとんとした表情になるが、直ぐに家事を手伝った事かと結論に辿り着いた。 「もっと役に立ちたかったんだけど、おばあちゃん普段から綺麗にしてるから大したこと出来なかったよ」 レギュラスもそれには同感で、少し申し訳なくなる。「そんな事は無いよ、とても助かった」そう言って微笑むマーサを見て、レギュラスは想像通りの反応につられて笑ってしまう。 「それより今日は夜出かけるんだから、今のうちに寝ておいた方が良いんじゃないかい?」 「うーん…やっぱり遅い時間の方が良いよね、でもまだ寝られないだろうから少ししたらそうさせてもらうね」 夜に出掛ける事を知らないレギュラスは話の展開に着いていけず、首を傾げた。この島に来てからは出掛けてばかりだな、とこれまでの数日を思い出す。 「レギュ、明日は2時起きだよ!」 せめて8時くらいだろうと思っていたレギュラスは、想像を超える時間に天体観測でもするのだろうか、となんとなく思った。 → |