余裕なんてないくせに

池田→富松





昼飯どき。
色とりどりの制服で賑わう食堂は、二人が来たときにはもう満席に近かった。
座るとこあるかな、と左近が呟く。

藍色、瑠璃、萌黄に紫紺、紺藍と緑青、それに黒色。見渡せば目に入る色、だけどどれも違う。
探しているものじゃない。
ふらふらと彷徨う視線が、ある一点で止まった。
目に入った赤銅と萌黄に、心臓が飛び跳ねる。
いた。

「三郎次、見つかった?」

後ろ姿でだって、分かる。
どれだけ大勢に紛れてようとも、見つけられる。
その姿を視界に入れただけで、顔が熱くなってしまう。
嬉しくなってしまうのだ。

「左近、行くぞ」

うるさく鳴る鼓動を落ち着かせ、三郎次は歩き出した。

今日は、運がいい。




がたん。
早く気付いてほしくて、わざと音を立てて盆を置くと、案の定富松が顔を上げた。
つり目がちな双眸が訝しそうに三郎次を射抜くと、一段と鼓動が早まった。にやける顔を、必死で抑える。

「前、いいっすか」

「ああ、構わねぇけど」

良かった。断られなかった。
ほっと息を吐く。

「富松先輩、こんにちは」

「おす、川西」

次いで来た左近に富松が笑顔を向けたことに、三郎次は少なからずショックを受けた。
三郎次が話しかけたときは、不審そうな顔付きだったのに、どういうことだ。
隣の左近を睨みつける。

「ちっ。……ムカつく」

「あ?」

小さく呟いた声は向かいの席まで届いたようで、富松の表情が険しくなる。
なんでそんな顔するんだよ。

「別に。先輩には言ってないですから」

「……感じわりー」

「どっちがだよ!」

ぼそ、と吐かれた言葉に、カッとなる。

「感じ悪いのはそっちじゃないっすか。人の顔見て嫌そうにして!」

「してねぇだろ、被害妄想だっつーの」

「妄想癖はアンタだろ!」

売り言葉に買い言葉。こうなるともう、止められない。
可愛くない言葉ばかりが口から飛び出してしまう。いつもそうだ。

「んだと池田っ」

「なんだよ富松!」

「『先輩』を付けろ!」

「はっ。アンタの身長が伸びたら、付けてやるよ」

「身長は関係ねぇっ! 大体、てめぇの方がチビだろ!」

「小せぇのは身長だけじゃないみたいだなぁ」

は、と鼻で笑って相手を見遣ると、富松は顔を真っ赤にして言葉を失っていた。
肩が震えている。

違う。
違うんだ。
本当は違う。こんなことを言いたいんじゃなくて。
そんな顔をさせたい訳でもない。

「あーあ、こんな奴が後任じゃ、食満先輩も可哀相だな」

なのに、口から出る言葉は心を裏切るんだ。

「……池田の阿呆! 池田の大馬鹿野郎っ! てめぇなんか、大っ嫌いだ!」

がたん!
初めに三郎次がしたよりも乱暴に盆を掴んで、富松は駆け出した。
綺麗な赤銅が右に左に揺れて、次第に見えなくなってしまう。

残されたのは、二人の瑠璃と、冷えた空気だけだった。

「なんで、こうなるんだ……」

「本気で解らないなら、医務室に行って来いよ」

左近の白けた声が、やけにはっきりと耳に響いた。





余裕なんてない癖に、気付いた恋慕を直隠す。
だって、自分だけこんなに想ってるなんて、馬鹿みたいじゃないか。





提出:この野郎。
title:確かに恋だった


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