もうどれだけ経っただろうか。辺りは夕の色に染まり始めている。
徐々に不安が大きくなるこだまの中に、小さく小さく聞こえたのは水の音。勢いよく流れ落ちる、滝の音に違いなかった。
何故そこに足を向けたのか。
例の勘が告げたのだ。三之助はここにいる、と。

力強い水の音とその匂いや空気が段々と近付き、生い茂る草を掻き分けたそこに、三之助はいた。
放心したように、滝を見上げて突っ立っていたのだ。
小さな飛沫が髪を濡らし、装束を濡らし、しかし三之助はそんなことは気にならないようで一心に滝を見詰めていた。ほっと息を吐いた俺にも気付かないで。
あるいは滝を見ているのは気のせいで本当はお得意の昼行灯かも知れなかったが、そうしている三之助は何故かどうしようもないくらい神秘的で、美しくすらあった。

あまりにも現実味の薄いその姿に、悲しいのか嬉しいのか怖いのか、なんだかわからない焦燥感のようなものが渦巻く。
話し掛けるのが躊躇われた。
山という神聖な場所も関係したかも知れない。
三之助が三之助じゃないような。

どれだけ動かなかったんだろうか。俺は。三之助は。

「作、どうしたの」

唐突に飛び込んできた聞き慣れた声にはっとし、俺は音すら奪われてたんだと初めて気付いた。
まるでそれがきっかけだったみたいに、すべてが動き出した。
いつから気付いていたのか俺の存在に驚いた様子もなく、まったくいつもの調子で三之助が近付いて来る。表情は、少し心配そうにだった。

「どうしたの、じゃねぇよ。どんだけ捜したと思って……」
「そうじゃなくて。作はなんで怯えてるの」

かろうじて出た言葉を最後まで聞かず、三之助は断言する。
怯えている? 俺が?

……そうかも知れなかった。
この早鐘を打つ命の音は、恐れているのかも知れなかった。

何を?

いつもと違う、三之助を? 違う。
ならば、何を?

「なんでもねぇよ」

薄々は勘付いていた恐怖の正体に蓋をして、ようやく見付けた迷子の手を掴む。
慣れ親しんだ温度は成長してしまった俺にはもどかしく、思わず笑みが漏れてしまう。

「今度は笑ってるし」

変な作、と三之助は大して気にした素振りもなく大人しく手を握られている。
大分遠出をしてしまった。夕飯残ってるかな。なかったらキレてやる。

もう何年も繰り返した。泣きそうになりながら捜し回るのも、発見したときの相手の表情に出ない安堵、握った手の中途半端な温度、離さないように帰る道、部屋に着いたときの安心感。
全部、全部が俺の幸せなんだろうか。
なくしたくないものだろうか。

ああ、きっとそうなんだろう。

だけど、時は無常で。
去年より一つ年を取った俺達は永遠に変わらないものなんて持っていない。
少なくとも数年後には失うものも、ある。

この右手に繋がるひとが、なくならないものならいいのに。

何より大切な

ありふれた


“しあわせ”


ずっと繋いでいたい、と思った。



ありふれた大切なこと

それは移ろって、移ろって。
いつか手放してしまうもの。

なら、今だけは、互いの温もりを感じさせて欲しいんだ。



提出:心配無いよ!様
title:確かに恋だった


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