柚木と日野 「日野さん」 昼休み、エントランスを歩いていると、優雅で落ち着いた声に呼び止められた。 振り向くと、髪の長い人が私を見ていた。 ああ、確か、ユノキ先輩。同じコンクール参加者の人だ。 コンクールなんて全く経験のない私にも優しくしてくれる、親切な先輩。 品行方正で女の子には人気があるみたいだけど、私はどうもこの人が苦手なんだよね。 「こんにちは、先輩」 だけどそんな事はおくびにも出さないで、笑顔で挨拶をする。 「君は、甘い物は好きかな?一年生の女の子にもらったんだ。よければどうぞ」 先輩もすごく上品に笑って、クッキーを差し出してきた。 「ありがとうございます。あ、美味しいです」 特に断る理由もないのでありがたく頂く。 クッキーは香ばしく、美味しかった。 「それはよかった。……こんな風に気にかけてもらえるんだから、期待に応えないといけないね。でも、嬉しいプレッシャーかな?そうは思わない?」 先輩は、にこやかに同意を求めてきた。 え。なんでそうなるかな? ああ、どうにも嫌悪感。 「別に思いませんけど」 嘘くせぇんだよ、という本音は胸にしまって置いて、あくまでもにこやかに反論してみる。 そんなダルいプレッシャー、いりませんって。 「……そこでそう答える?普通、そうですね、とか言うところじゃない?」 ユノキ先輩は意表を突かれたのか、めずらしい反応をした。笑顔が微妙にいつもと違う。 おお、なんか本音っぽいぞ、今のは。 「先輩も珍しいじゃないですか。優等生は、もう止めたんですか?」 「……お前、むかつくね」 「お互い様ですよ」 ほら、尻尾を出した。 まあ、それこそお互い様だけどね。 微妙な空気が流れる中、それでもお互い笑顔だけは完璧のまま、睨み合っていた。 笑顔を浮かべて開戦宣言 [HOME] |