アリス 走っても走っても走っても、走っても。 走ってるんだと気付いたのは、息が切れているのを初めて知ったから。 まるで夜空の月が追いかけて来るみたいに逃れられない気がした。 走ってるんじゃなくて逃げてるんだと気付いたのは、恐怖が心に染み出してから。 暗闇が甘言を囁き引きずり込もうとする如く、恐怖は甘く身を切り刻んだ。 逃げてるんじゃなくて探してるんだと気付いたのは、その恐怖すら私が追い求めるものだったから。 私には何もないんだと気付いたのは、この心と体が強く強く何かを求めるというのに、しかしそれの正体を私が何一つ知らないんだと理解(し)ってしまったから。 私は貪欲で臆病な生き物だ。 過去に縋るしかないのに過去を持たず、未来が欲しいのに在るのは絶望だけだなんて。 滑稽だ。 記憶など恐れるに足らん。 嘯くも、そんなものにしがみついてるのは自分だ。 月を欲する兎のように、惨めに、一層哀れに手を伸ばす。 届きやしない夢なのに。 遇を求めて月を欲す [HOME] |