鉢屋×富松×鉢屋 *現パロ *年越しSS 仕事が終わり家に帰ると、リビングが混沌と化していた。 「なァ、富松くん」 テーブルに突っ伏していた鉢屋が、不意に顔を上げた。その顔は真っ赤で、目は完全に据わっていた。 テーブル上には、空になった酒缶が散らばっている。 強くもない癖に、相当飲んだようだ。 「なんですか、鉢屋さん」 作兵衛は押し入れにあった毛布を、鉢屋の肩に掛ける。こたつで温もってはいるが、風邪を引かれてはこちらが面倒だ。 ついでに、掛けられた言葉に適当な返事を返した。酔っ払いとはできるだけ関わりたくない。 「この年の瀬に、私を攫ってはくれまいか」 鉢屋は、やはり据わった目で呂律も怪しげに、怪しげな言葉を落とした。 「………はぁ?」 予想していなかった言葉に、作兵衛は思い切りしかめ面を作った。もとより、酔っ払いの発言に予想なんて意味をなさないのだが。 しかし、この恋人は取り分け行動が予測できない性質(たち)で、素面のときですら、作兵衛の眉に皺を刻ませることを得意としていた。 そんな奇人のいつもの倍掛けで意味のわからない発言は、本人のみ理解可能な特別ルールをもって進められる。 「年を越すなら君と二人、誰にも邪魔されずに過ごしたいんだ」 「……はぁ」 この理屈は、理解できないこともない。極端だとは思うが。 しばしばこの年長者が、そこらの女性よりも乙女的な思考回路を持つことを、作兵衛は知っていた。作兵衛自身も、友に女みたいな思考だと指摘されることがあるが、ここまでの極論は言わない。 複雑な心境の中、曖昧な返事になる。 それでも鉢屋は、作兵衛が聞く態勢にあると見て、上機嫌に続ける。 「それに、二人で逃げて、逃げて、逃げ果せたら、消えてしまえるかもしれないから」 これはいけない。思考回路が明後日の方向に大幅にずれた。 なにかの比喩なのだろうが、逃げるだなんて随分マイナス思考だ。自信家な半面勢いをなくすとどこまでも陰気に走ってしまう性分なのだ、この人は。 こうなってしまえばこちらの正論なんて意味をなさない。 傷付けないよう否定せず、しかし陰気を断ち切るための『きっかけ』を見つけるため、相手の話を聞かなければいけない。とても骨が折れる仕事だ。 「………はぁ。誰からどこに逃げて、どこに消えるんですか」 とりあえず、突っ込みどころの二点に重点を置くことにしたが。 「……。それは考えてなかったなぁ」 対する酔っ払いはしばしの沈黙のあと、ほにゃっと笑って言ってのけた。 (思い付きかよ……!) 表情を見るに、大して思い詰めている様子もない。本当に思い付きで言ったらしい。 込み上げる怒りに相手は酔っ払い、と自分に言い聞かせ、作兵衛はつとめて冷静に息を吐き出した。 「……飲み過ぎです。もう、寝ましょう?」 このまま脈絡も意味も何もない会話を続けたって不毛だ。どうせ、明日になれば忘れているのだ。いつものことだ。 「やだ。君と一緒に年を越すんだから」 それなのに、この酔っ払いは駄々っ子のように、イヤイヤと頭を振る。年上の自覚があるのだろうか。 「…じゃあ、俺の理解できる話をしてください」 言い出したら聞かないのはわかっているし、聞かせる気力もないので付き合うことにする。まだ開いていない缶のプルに手をかける。温くなったそれは、微妙な音を立てて開いた。 自分も酔っ払ってしまえば、この人と楽しく付き合えるのだろうか。 いつも、作兵衛ばかりが損している気になるのだ。 心配するのも、悩んでしまうのも、胃が痛くなるのだって。 相手はいつだって、気ままに作兵衛を振り回す。 わがままで、気紛れで。 だけどいつだって、この人の視線は作兵衛に向けられるのだ。 嬉しいときも、悲しいときも、現実から目を逸らしたいときですら、作兵衛のことだけは逸らさず見詰めるのだ。 だから、捨てられない。 大きい猫を拾ったみたいで、とても捨てられそうにないのだ。 本当にかわいい人だ。 作兵衛は缶に付けた口の端を、ほんの少しだけ上に上げた。 「富松くんはかわいいなぁ」 「って、なんでそうなるんですか…」 「私は君のその顔が好き。いつだって受け入れてくれるから」 鉢屋は普段はあまり見せない最上級の笑顔でそう言うと、こてんと眠ってしまった。 「……って、一緒に年を越すんじゃなかったのかよ…」 やっぱり、酔っ払いの相手は疲れる。 この時を永遠にしたいの ‐‐‐‐‐ 酔っ払いのメランコリック [HOME] |