不破×鉢屋





「こう暑いと滝から飛び降りたくなるなぁ」
「さっぱりするだろうね」

鉢屋が突然自殺を仄めかしたりするのはよくあることだから、僕は適当な相槌を打つ。
そしたら鉢屋は、いつもなら気を良くして悦に入った表情で死んだときの快感を語り出すんだけど、本当、心底どうでもいい。
今日はくだらない妄想に付き合う気分じゃなかったから、鉢屋が笑みに歪んだ口を開く前に先手を打った。

「鉢屋は死んだら、そのあとはどうしたいの?」

面倒臭くてしたことはないけど、一度は聞いてみたかったことを質問する。
鉢屋は生まれ変わりたいとか天国に行きたいとかその逆とか、詰まらないことを言うタイプには思えなかったし、その癖死にたいだなんて、なんでなのかなと気になっていたんだ。

「……どうしたい訳でも無いさ。敢えて言うなら忘れたいのさ」
「忘れたい? 何を?」

僕たち(記憶とか、思い出)を? 否、そんなに殊勝な訳がない。

「私と言う存在を。世界と言う概念を」

鉢屋はいつもの陶酔した声音でも、快楽に染まった表情でもなく、どこまでも淡泊、そして幾可かの愁色を含んで言葉を吐き出す。

「別に人を超越した存在になりたい、なんて言う訳じゃない。……まぁ、ある意味ではそうかも知れないけどね」

僅かに漏らされた笑みは、自嘲か。

「私は誰になりたい訳でもない。鉢屋三郎を含めて」
「人間をやめたいのかい?」
「わからないよ」

「もうわからないんだ」

ぽつりと呟いて、力無くかぶりを振った。

無責任だ。
僕は目の前で頼りない顔をしている友人が、酷く無責任で情けないことを言っていることに腹が立った。

まったく呆れた。

非常に軽蔑した。

そして何より、愛おしかった。

寂しがり屋で不器用で憂鬱な――俗に天才と呼ばれるこの生き物が、僕にですらできる「生きる」ことができないなんて。
なんて愛おしいんだろう! なんて喜ばしいんだろうか!

お前は生きることもできない癖に、僕を嘲笑い人を嘲笑い、自分を嘲笑ってきたんだね。
なんという冒涜だろうか。

楽しいね、可笑しいね。


……ああ、僕は狂っているかも知れない。
だけど、君だって同じじゃないか。
いや、些細なことで心を傷めている君の方が、よっぽど狂ってるんじゃない。

だけど僕はそんな君だからこそ、愛しいのさ。
愛せるのさ。

それを忘れないでほしい。

だから見せてよ

弱いところを。

僕にだけわかる仕草で。


そうしたら、その分だけ愛してあげる。


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