富松×鉢屋
*現パロ





「ねぇ作兵衛、俺とどこかへ逃げよう」

「はい?」

卒業して以来初めて聞く電話越しの声は、相変わらずふわふわと捕え所がなく、勉強漬けの夏休みを過ごしていた俺にほんの少しの清涼感と多大な苛立ちを与えてくれた。

二年振りに連絡を寄越したと思えば、第一声がそれだ。
全く意味がわからない。

「うんと暑い国に行ってさ、二人で面白おかしく暮らそう」

「いや、意味がわからないです、鉢屋先輩」

「え? ……ああ! 作兵衛は寒い方が好きだったのか」

「それも違います」

まぁこの暑さだし、涼しい方が好みなのは違いないが。

「暑さにやられたんですか、先輩」

「そうだなぁ。気が狂いそうなくらいの暑さの中で、思い切り海に飛び込むと気持ち良さそうだ」

「先輩」

確かに以前から理解し難い部分もあったけれど、ここまで噛み合わないことは初めてだ。
冗談にしてもいい加減にして欲しい。
受験生への嫌がらせだろうか、いい年して。
じりじりした暑さの中、携帯を握っている時間すら勿体ないと言うのに。

「切りますよ、」

「……作兵衛、疲れたよ」

汗ばんだ親指が電源ボタンに触れたとき、小さく零れた言葉。

俺はあんたに疲れました。

言おうとして、止めた。

冗談でも突き放せないような、そんな神経質さをこの先輩が隠していたことを思い出したから。

全くわかりにくい。

構ってほしいなら、初めからそう言えばいいんだ。
変な気を回してあなたが自分の首を絞めるなんて、俺はそっちの方が困るんだ。
いつもはひょうひょうと人をからかうのが好きな癖に、精一杯の虚勢すら、誰にもわからないようごまかすことしかできないんだから。

全く不器用だ。

「海外は無理ですよ。時間がないし金もねぇ」

それでも時間を割いてしまう辺り、俺は本当にこの人に甘いと思う。

「作兵衛」

捨て猫でももう少しマシな声を出すだろう情けない調子で、名前を呼ぶ。
これに弱いんだ、俺は。

「近場で一泊くらいなら構いませんよ。……海でも行きます?」

なんだかんだで乗り気になっている自分に気付く。

「作兵衛」

さっきより強く、呼ばれる。

「なんすか? やっぱ寒い方がいいんですか?」

気紛れだと呆れる俺に、先輩は違う、と否定する。

「君は恰好いいなぁ、本当に」

ああ、反則だ。一体どっちが年上なんだかわからない。

あんたはどこの乙女だよ。

呆れてしまう。

だけど、それ以上に。

子供じみた口約束に喜ぶ先輩が可愛くて愛しくて。







忘れていた気持ちと、もう一度向き合おうか。


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