鉢屋
*暗い





叫びたい衝動に駆られた。
多分夢を見たんだろう。

とても怖い夢だ。


真夜中、冬の寒さにも構わず夜着のまま部屋を飛び出した。

裸足で、開け放した扉を閉めるのも忘れてひたすらに走った。

死んでしまうのが怖くて、生きているのも怖くて、それら柵から逃げたくて蒼い月の下を走った。


走って、
走って、
息が切れて、
走れなくなってうずくまる。

浅い息の間から嗚咽が漏れた。
終わらない永遠の闇に気が狂いそうだった。

粛粛と輝く月が憎かった。

何故自分だけがこんなに苦しいのか。

訳も解らず涙を流しながら月に吠えた。何度も、何度も。



声が枯れ果て涙も尽きて、もうどれだけの時が過ぎただろうか。

月は変わらず冴え冴えと見下ろすばかりで、無機質な面の裏でこの愚か者を嗤っているに違いなかった。

それは自分の貌(かお)をしていたのだが。


悔しかった苦しかった崩れそうだった、すべてが。


忙しなく脈打つ臓器を掻きむしりたくなったけど、空の器が邪魔をして叶わなかった。


美しく透き通る闇に溶けてしまえば、あの白々しい月に手が届く気がした。

手を伸ばして、その首を柔らかに掴んで絞め殺したかった。

甘い喘ぎが欲しかった。


現実のものにしたくて白く冷えた首筋に手を伸ばして、触れた肌は互いになんの温度も感じなくてそっと力を込めたらどくりどくりと命の音が伝わった。

口の端から漏れた笑みは多分喜びから来るものだ。

惨めな自分を嘲笑う月の。


その顔を歪ませたくて少しずつ、少しずつ力を入れる。


次第に霞んでいく視界では望むものは見えなかったけど。


苦しくて、痛くて、哀しかった。

これを越えたら楽になれるんだろうか。
汚い感情に侵されることもなく、穏やかに人を愛せるんだろうか。

苦痛の先に優しい世界はあるんだろうか。

知りたくて、越えたくて、腕はより強い快楽を求めて首を絞める。


行くか行かぬかのギリギリの手前で、愛しい声が聞こえた。


性格らしく少し乱暴に起こされた体、ぼやけた視界で見えた心配そうな顔に少しだけほっとした。







一つ首を絞める度に歪む君の顔に私は生きる意味を見出だすのだ。


下卑た男と蔑んでくれ。



それならまだ、救いがあるのだから。


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