鉢屋×富松





無自覚な方の方向音痴が、マラソンの途中でいなくなったと無責任な先輩にポロリと告げられて、学園中を駆け回るはめになった。いつものことではあるが。

あっちにもいない。こっちにもいない。

いい加減学園内にはいないんじゃないかと思いはじめた頃、見慣れた背中を発見した。
夕焼けの赤に染まった、間抜けた後ろ姿に安堵する。

「見つけた、この……」

馬鹿、と続けようとしたが、声が出来なかった。
逃げ出さないようにと咄嗟に掴んだ右手が、いつもと違ったからだ。
更に言えば、この目に映るその姿が違った。

常でさえ自分の目線より少し高い姿は今は頭一つ分ほど大きかったし、本人ならまず浮かべないだろう意地の悪さを含んだ笑みを浮かべている。

思わず掴んだままの、知らない体温をどうしようかと頭の隅で考えながら、ため息を吐いた。

「何やってんですか、先輩」

聞かなくてもわかることだが、皮肉を込めて睨む。

「何って、見ての通りさ。変装の鍛練さ」

そう言って、酷く楽しそうに笑う。
友と寸分違わぬ容姿で。当人ならばしないであろう人を喰ったような顔で。

「こんなときに紛らわしい……!」

揶揄だとはわかっているが、つい言葉を荒げてしまう。

「こんなときって、どんなときだ?」

返される言葉は嬉しそうで。

「わかってるでしょう、そんなこと」

だからムキになる。

「俺があいつら探し回ってるとき、あんたいつも見てるじゃねぇですか!」

いつだってそうだ。
手伝うでもなく、ただ目を細めて見ているんだ。優しい目で。

知っているんだ。

知っているんですよ。

「知って、るんです…」

顔が熱いのは、怒鳴ったせいだけじゃない。

「俺だって、あなたのことを見てるんですから……」

照れ臭くて震えてしまった言葉は、上手く伝わっただろうか。


化粧の施されてない耳が、赤くなるのが見えた。


安全距離が崩れた時
091221


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