利吉と鉢屋





「「あ、利吉さんだ」」

忍術学園にくると、大体この言葉で迎え入れられる。
大概は声変わりもまだの子供の声が多いが、今日のは大人に近い少年の声だった。それも二つ重なって。
利吉が声のする方へ顔を向けると、同じ顔が二つ、親しげな笑みを浮かべてこちらを向いていた。

「「こんにちは」」
「やあ、こんにちは…」

にこやかに挨拶を返しつつ、はて、どっちが不破雷蔵で鉢屋三郎かと考える。
姿形は全く一緒。この若さでここまで完成度の高い変装ができるなんてと、心の中で感心する。
本当に、双子か鏡を見ているかのようだ。

「ええと、君が鉢屋くん?」

言いながら、向かって左側の雷蔵に声をかけた。
にこにこと不破雷蔵の笑みを浮かべていた彼は、利吉の言葉に目をぱちくりとさせた。それからキラキラとした光を瞳に宿らせた。

「すごい、流石利吉さんっ」

どうやら、正解したらしい。
向かって左側の雷蔵改め三郎は、感動のあまり頬を紅潮させている。マスクの上から器用なことだ。

「本当、すごいですね。先生方でも、僕らを見分けるのは難しいのに」
「私の変装、どこか変でしたか?」

雷蔵は彼特有の穏やかな笑みを浮かべたままで、三郎は今さっきまで笑っていたのに、今度はなぜ見破られたのかと不安そうな表情になっている。
変装技術のスキルアップを真摯に求める姿は、健気でかわいらしいと思う。利吉のことも、変装名人として純粋に慕っているんだろう。
利吉は正直な感想を述べる。

「いや、変装は完璧だったよ。少なくとも不破君に限って言えば、私より上手だろうな」
「なら、なぜ…」

三郎は常日頃から雷蔵の姿に紛しているし、ともに行動することが多い。他の者を化けることとはわけが違う。息をするくらい自然に、雷蔵の真似をすることができるんだろう。

だから、その観察力・変装技術にはなんらミスは見当たらないのだが。

「うーん。なんでだろう」

利吉は首を傾げる。
利吉自身、明確な根拠があって見破ったわけではなかった。
いかに変装名人であろうとも、何から何まで、すべて完璧に模することができるわけではないだろう。どこかに、生来の癖が現れてしまうものだ。
しかし、利吉は三郎の僅かな“ほころび”を見抜けるほど、彼等と親しいわけではなかった。たとえ二人の差異を見つけることができたとしても、それが雷蔵か三郎かだなんてわからない。
ならば、何故。
利吉自身も、理由がわからなかった。
ただ。

「鉢屋くんの方が、表情というか、感情というか……私の言葉によく反応していたように見えたんだ」

直感だろうか。仕種や雰囲気は不破雷蔵のそれではあったが、その感情表現の度合いに、両者の違いがあったのだと思う。
それが、二人を見分けられた重要なヒントであることは、確かだった。

「え、それって…」

声を上げたのは、雷蔵だった。三郎の方は、理解できていないのか目をパチパチと瞬かしている。利吉も同様で、雷蔵が何に気がついたのか、気になった。

「何かわかったのかい、不破君」
「いえ、あの……」

雷蔵は慌てて両手と首を横に振り、「違うんです」と言葉を口にした。

「その…ただ」

困ったように眉を下げ、利吉と三郎の顔を交互に見る。言おうかな、言わない方がいいかな、といった葛藤が安易に読み取れる。

「不破君、べつに怒りはしないから、言ってごらん」
「そうだ、雷蔵。私も気になる」

利吉は若干苛立ちながらも、それを上手に隠して優しく聞いた。
三郎も、雷蔵の顔を見る。

「うーん、いや、あの…。僕の勘違いかもしれないけど、っていうかたぶん…いや、絶対勘違いだと思うけど…」

雷蔵は本当にいいのかなぁ、と利吉の顔を上目遣いで見遣る。お得意の悩み癖が出ているようだ。

(言えって言ってるんだから、とっとと言えばいいだろうに)

利吉は、内心苛立ちを募らせる。

三郎は、うん、うん、と頷き、「勘違いでもいいよ。君の意見が聞きたいんだ」と、優しく続きを促した。普段から彼の迷い癖に慣れているのだろう、苛立ちもないようだ。
このやり取りを見て利吉は微笑ましさを感じたのだが、同時になぜだか苛立ちが増すのも感じていた。

「あの、さ。利吉さんって三郎のことよく見てるんだなぁって、思って」

雷蔵は、言っちゃった、と不安げな顔でちらりと利吉を見る。
利吉は予想外の言葉に、目を丸くした。

(私が、鉢屋くんを、見てる?)

それは、考えもしなかった。
全くの盲点を突かれた。
しかし、それは欠けたパズルのピースをうまく当てはめたように、しっくりと利吉の心にはまった。違和感の正体が掴めたようだった。

(ああ、そうなのかも)

一見して見分けがつかない二人を、なぜ見分けられるのか。二人の差異を見つけたとして、それを“鉢屋三郎”だと見分けられるのは、利吉が三郎を見ているから。より好ましい態度を取る方が三郎であったなら、そんな願望があったのかもしれない。そう考えたら、なるほど、しっくりとくる気がした。

雷蔵の言葉に一番驚いたのは三郎で、顔を真っ赤にさせて焦っている。

「ちょっ、雷蔵、君は何を言ってるんだ!? り、利吉さんに失礼だろ」
「え、だって、そう思ったから……。あの、利吉さん、お気を悪くされたらごめんなさい…」

雷蔵は、“そんなに失礼かなぁ?”と思ったが、三郎があんまり慌てているものだから、謝った。

「り、利吉さん。本当にごめんなさい…雷蔵も悪気があった訳じゃないんです…」

利吉が黙ったままだったので怒っていると勘違いした三郎は、今度は顔を青くしている。
雷蔵は困ったようにしゅんとしていた。

「ははっ、君達は全然似てないね」
「えっ!?」

三郎はその言葉に傷ついたようだ。
驚いた、信じられない、といった表情になる。

「本当、面白いくらい似てない!」

ころころと変わる表情に、利吉は楽しくなって、クツクツと笑う。
二人は初め会ったときとは違って、それぞれの個性が出ている。今なら、どっちがどっちか一目で見分けられる。

「り、利吉さん、それ以上言うと三郎が泣きます」

三郎は今にも泣き出しそうな表情で、利吉を見上げている。

「いいね、泣いた顔も見てみたい」
「えぇっ!? り、利吉さん、ひどい…」

いまさら気がついたのかい、と利吉は上機嫌に笑う。さっきまでの面白くない苛立ちはどこかに失せた。

「私はもっと君のことを知りたいよ」

見た目だけではわからない、鉢屋三郎を知りたい。そう思った。

(これが恋なのかはわからないけれど。私は鉢屋くんに好意を抱いている)

そのことに気づいただけで、ずいぶんと見え方が変わる。
雷蔵もおそらく気づいたのだろう。なんとも複雑そうな微妙な顔をしている。
三郎だけが状況を飲み込めず、利吉の言葉に慌てふためいていた。

(さあ、これからどうしようか)

生まれて初めての感情に、利吉は胸が高鳴るのを感じる。
これから毎日が楽しくなる、そんな予感がした。



初恋サディスト


20121202


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