caseV.千歳の話





前々回と前回に引き続き、同じ店、同じ席で今度は千歳と向かい合って座っていた。
今日のメニューはサラダとウーロン茶、俺の奢りなのは一緒。

「で、俺に用事ってなんね? 本当なら今頃ユウジと向かい合ってるハズなのに」
「それはスマンなぁ」

ストレートな嫌味。それもおそらく無自覚の。

正直、ユウジと付き合いだしたと聞いてから、俺は千歳が苦手だった。
ユウジとは仲が良いが千歳のことはよく知らないので、近しい中に突如入り込んだ謎の存在なのだ。
それに財前を応援する立場なので、どうにも斜めに見てしまっていけない。千歳のことが悪いやつだとは思わないのだが。

「あのな、こんなこと聞くんも気分悪いかも知れへんけど…」
「うん、なん?」
「千歳は、ユウジのどこが好きなん?」

千歳相手にまどろっこしいのも疲れそうなので、単刀直入に聞く。
前から疑問に思っていた。千歳は学校もサボりがちだし、数ヶ月前転入してきたばかりだし、ユウジとは部活仲間としか接点もないはず。
一年間ずっと一緒にいた財前がユウジを好きになるのとは、訳が違う。
べつに時間が重要なわけでもないが、だが一時の感情で好きと勘違いしただけなら、傷付くのはユウジだ。
要は千歳への不信感なんだろう。あと、財前への義理立て。

「どこって。また急な質問ばい」

千歳は困ったばい、とか言っているが、表情はそうは言ってない。
大方、俺が財前の味方だと知っているんだろう。

「それに答えたとして、謙也くんはどうすっばい?」

やっぱりこいつ、苦手だ。
わりと直球で聞いたと思うのに、それでもうまくかわしてくる。

「ユウジがな。千歳と付き合ってるゆうてん」

だったら俺も、かわせないように追い詰める。

「ユウジは俺の親友や。大事やと思てる。でも、俺は千歳のことなんも知らへん。ユウジとどうして仲よぉなって、どこを好きやと思て、なんで告白したんやろなって、不思議に思てん」
「それは、なん? ポッと出の俺がユウジ横取りしたんが気にいらんと?」
「べつにそんなこと、ゆうとらへんやろ」
「いーや。言うとるよ。そん目が、俺が邪魔やと物語っとるばい」
「だって、ほんま不思議やねん。会って数ヶ月。それに千歳は学校にも部活にもほとんど顔出せへんやん。なんでユウジなん? あいつ、小春のこと好きやし、財前だって」

財前は、もう一年近く片思いしていると言っていた。
でも、男同士だしユウジの気持ちもあるからと、告白する気はないと言っていた。
俺は、そんな財前の気持ちが踏みにじられた気がしたんだ。

「俺ん方がユウジのこと思うとった時間が長い、言うたらどうする?」
「え?」
「確かにユウジと話すようになったんは四天宝寺に来てからばい。ばってん、俺が初めてユウジを見たんはもう二年も前だけん」
「二年?」
「うん。まだ獅子学にいたころのこったい。四天と試合をして、そこでユウジをみた」

「そんころはさすがに好きだとは思わんかったけど、それからも何回か会っとうよ」

確かに獅子学と試合をしたことはある。千歳を見たこともあるかもしれない(あまり記憶にないが)。
もしそうなら、財前よりも千歳の方がユウジを長い間思っていたことになる?
だけど、“存在”を知っていることと“内面”を知っていることは別。外面だけ知っているだけなんて、知っていることにはならない。ずっと好きだったというのも、後付けのように聞こえてならない。

「ふぅー。謙也くんはよっぽど俺んこつ気に入らんみたいばいね」

俺が黙ったままだったからか、千歳はため息とともに呟いた。

「そんなこと言うてへんやん」
「……」

口では否定するが、心の中ではその言葉こそを否定する。
結局、俺は千歳が気に入らないのだ。
俺のシナリオ通りなら、ユウジは財前と付き合うことになる。時間は掛かっても、小春への思いを引きずることなく、幸せになれるハズ、だった。
それをぶち壊して全部持って行った千歳が、単に気に入らないんだ。

「なぁ、本当にユウジのこと、思とっと?」
「……」

言い返せないのは、図星だから。

財前のためだユウジの気持ちだとほざいたところで、結局は自分の思い通りにならないことが気に入らないだけだった。

「俺とユウジと……それから財前? あと小春ちゃんか…の問題だけん、謙也くんは口出しせんでほしいばい」

「……」

それじゃごちそうさま、と千歳は立ち上がった。飛び抜けて背の高い後ろ姿がガラス越しの人混みに消えて行くのを、ただぼぉっと見ていた。


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