財前とユウジ 「あー……」 靴を上履きからスニーカーに履き替えて、昇降口から狭い空を見上げれば、雨。 教室から覗いた窓の外も雨だったし、廊下を歩いているときのBGMも雨だった。 間違うことなく、雨。 それだというのに俺の右手にも、左手にも、その雨を凌ぐための道具は握られてはいない。 右手の近くにある傘立てに、視線が吸い寄せられた。 もちろん、ここにも俺の傘はない。 少しだけいけない気持ちが働くが、良心の方が上手だった。 俺は意を決して、ボタボタと泣きじゃくる敵陣へと突撃することにした。 のだが。 「あれ、ユウジ先輩。帰りすか」 抑揚の少ない聞き慣れた声に振り返ると、大して面白くもなさそうな顔の財前がいた。 「おー…。財前もか」 「はい。今日は部活あらへんし。……先輩はなにを突っ立ってはるんですか。傘はどないしたんですか」 目敏い財前は、俺が傘を持ってないことにすぐ気がついた。 「うん。忘れた」 財前は透明のビニール傘を開いて、はあ? と呆れた声を出した。 「忘れたって…。今日の降水確率、100%ですよ」 「そうなん? 知らんかった」 「いや、そんな問題ちゃうやろ……」 財前は可哀相なものでも見るみたいに、俺を見る。 「世の中、みんなが天気予報見ると思たら大間違いやぞ」 「や、見ましょうよ」 財前は「しゃあないっすわ」とため息混じりに言った。 俺はなにが、と視線を送る。 「コンビニまで入ってきます?」 「……ええの?」 「風邪引かれても迷惑なんで」 アホは引かへんらしいっすけど、とか言う頭をはたく。 「ほんなら、お言葉に甘えさせてもらうわ」 コンビニまでは歩いて10分ほど。 雨だし、一人分の傘に男二人だから濡れないようにするのに、さらに時間がかかる。 「てかね、今日傘忘れるとかほんまアホですか、先輩」 「うるさい。……朝は晴れとったもん」 まさか、こんなに土砂降りになるとは思わなかった。 「降るなら降るって、朝一で宣言してくれへんとこっちだって困るわ」 「だからテレビでゆうてますって」 「朝にテレビとか見いひんもん。晴れって思い込ませて降るとか、ほんまタチ悪いわー」 「いやだから…」 はあ、と二度目のため息を吐かれる。 俺が悪いんじゃない。はっきりしない天気が悪いんだ。 「ほら、先輩もう着きますよ」 「ほんまや。喋っとったらあっちゅー間やな」 「そら、よかった」 財前は屋根のあるところまで送ってくれた。 ありがとう、と振り返って礼を言う。 「あれ? 財前、お前肩濡れとるやん」 「え? ……ああ、ほんまっすね。…狭いからね、傘」 しゃーないっすわ、と相変わらずの無表情。 狭いというわりに、俺の服はちっとも濡れていない。 それに、気付かなかった振りをするには、濡れた面積が大きすぎる。 不器用な優しさに、笑みが零れた。 ![]() title:剥星 item:慟哭したボヌール 「ほんま、ありがとう。なぁ、お礼になんか奢ったるわ」 「え、別にいいっすよ。そんなつもりちゃうし」 「ええから! なにがいい? ぜんざいか?」 「いや、人を勝手にぜんざいキャラにせんとって下さい」 [HOME] |