「単刀直入に言うけどな。あたしはユウくんとセックスしたい」

猫みたいな釣り目を、じっと見詰める。
普段は目力の強いはずの目は、今は頼りなく戸惑いの色を浮かべていた。

「っ! 小春……」
「ユウくんは…そんなことちっとも考えてもなかった……そんな顔やな」


そうに違いない。この、頭の中が一面お花畑な男は、どこか世間から外れている。
おそらくは俺と付き合えたその事実だけで、もうお腹いっぱいになってしまったのだろう。
先のステップなんて考えてもいない。

「ち、違う」

否定したって、隠しきれない動揺が見てとれる。
そんな嘘、すぐバレるし、取り繕ってなんかほしくない。
余計に惨めになる。

「違わへん! …ユウくんの好きとあたしの好きは、別もんなんや」

いまだわかっていないユウジに、言い聞かせる。
ユウジのそれは、恋ではない、と。
ただの憧れに過ぎないと。

「こ、こはる…」
「そんな困った顔せんでええで。仕方ないことや。…勘違いなんかよくあることや」

少し強く言い過ぎたので、できるだけ優しい言葉を探した。
内心は傷付いて仕方なかったけれど、それはユウジも同じだろう。
どっちが悪いとかじゃない。
ただ、違っただけなのだ。

「……小春」

ユウジは、縋り付こうと俺に手を伸ばす。
その様を冷めた目で見て。
俺に触れる、ほんの手前で立ち上がった。

「だから、さよならや」

一歩、前へ歩き出す。

「! なんでっ!?」

驚いた声。見なくても、どんな顔をしているかなんて、明白。
せめて泣かんといてや、後味悪いし。

「当たり前やないの。こんな屈辱あらへんで? 好きやのに、お互い好きやのに。こんなにも好きの種類が違って。……そんな報われへん関係、あたしはお断りや」
「小春、そんなこと言わんといて! 俺ちゃんとするからっ」

ああ、きっと目一杯涙を浮かべてるのだろう。
いつも以上に、鼻声になっている。

「無理せんとあかん時点で、恋愛にはならへんねん」

怒りとか屈辱感とか後悔とか焦りとか、色んな感情を抑えて、声を絞り出す。
俺は、泣きたくなんかなかった。

「捨てんといて、小春!」

聞くも哀れな声で、ユウジは縋り付く。
後ろから、抱きしめられた。
温かいはずの体は、心からは遠く離れていて、なんの感情も起こさなかった。……起こさなかったんや。

「阿呆やなァ、あんたが捨てたんやろ…」

本当はお互い様。
最初からわかっていたのに、受け入れた俺も悪い。
少しでも期待をしたのが悪い。

「違う! 俺は小春が好きや! 小春だけがっ……」

ユウジは、腕の力を強める。

「ユウくん、ほな、さいなら。また明日からはただのお友達に戻りましょ」

その腕を、目一杯力を込めて振りほどいた。

ただ、前を見て、歩く。

俺は、振り向かなかった。

もう、縋る声も、腕も、足音もなかった。

それでも俺は、歩く。

すすり泣く声が次第に遠ざかって、やがて聞こえなくなった。


振り向かないのは未練があるからで


本当は、自分が傷付きたくなかっただけ。


120212


あとがき


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