caseU.財前の話





先日、ユウジと話し合った同じ店同じ席で、今日目の前にいるのはふてぶてしい後輩。
ユウジが頼んでいたのと同じ、てりやきバーガーとポテト、コーラのセットを、やっぱり俺の奢りで食べている。

「なぁ、財前君。驚かんとよぉ聞くんやで」
「なんですか、謙也さん。その声キモいっすわ」

重大な発表の前に財前の心を落ち着かせようと優しい声を出したというのに、こいつ、本当に可愛くない。

「……あんな、ユウジと千歳のことなんやけど……」
「ああ、あの二人、付き合ってるんですってね」

俺が本当に言ってもいいものかと言葉を濁していると、財前はさらっとなんでもないように答えた。
表情一つ変えずに、コーラをすすっている。

「……財前、知っとったんか」
「はい。二週間くらい前ですかね。たまたま千歳先輩と出会って……そんときに自慢されましたわ」

財前は他人事のように淡々と語る。千歳の名前を出したときは、さすがに苛立ち混じりだったけれど。

「つーか、自慢てなに? 千歳ってそんなキャラやったっけ?」

俺はそこまで千歳と仲が良いわけでもないので、いまいち性格を把握できていない。わざわざ自分から言い触らすようなやつとも思えないが。

「そんなキャラですわ。前にね、宣戦布告したんすわ」
「は? 宣戦布告ってなんや」
「千歳先輩がユウジさんのこと見とったん知ってたんで、“あんたには渡しません”って言いました」
「はぁ!? お前、さらっとなに言うとんねんっ」
「向こうさんも負ける気はない、みたいなことゆうてはりましたけど」

宣戦布告とか、どれだけ大胆なのか。
そりゃ、そんなことされてたら自慢もしたくなるだろう。勝負に勝ったのだから。

「つーかな、その大胆さをユウジに対して活かせや」
「それができてたら苦労してませんて」

好きな子には奥手なんすわー、と相変わらずの無表情でのたまった。

腹立つ。
と、いうか、部外者の俺がこんなにも胃や胸を痛めているのに、当の本人は至って平常とはどういうことだ。

数ヶ月前、財前からユウジのことが好きだと告げられてから、俺は精一杯応援してきたのだ。
半ば強引に好きな子を聞き出した手前(まさか答えがユウジだとは思わなくて、驚いた)、無視するわけにもいかなくて。
といっても、あの通りユウジは小春一筋で財前も憎まれ口しか叩かないから、前途多難であるとは思っていたのだが。
しかし、千歳という思わぬ伏兵に、全部掻っ攫われるとは思いもしなかった。

俺は財前の分まで悩んだせいか、胃が痛くなってきた。
それなのに、財前ときたら。

「たぶん、二人が付き合ったんも俺のせいっすわ」

とか言いやがった。

「……なんで」
「俺の宣戦布告に触発されてっつトコでしょ。時期的にピッタリなんすわ」
「ほぉ、つまりは墓穴を掘ったと?」
「そういうことっすね」
「……アホか」

俺が精一杯気を回して、少しでもユウジの気が財前に向かないかと、恋のキューピッドになっていたのに。
こいつはことごとく自分でぶち壊したのだ。
俺の苦労と痛みはなんだったのか。

「はぁ……。まぁ、自業自得やったら、諦めもつくやろ」
「は? 誰が諦めるなんて言いました?」
「……は?」

財前を見ると、いつものふてぶてしい顔で笑っていた。

「略奪、上等っすわ」
「え……」

いや、むしろいつも以上に生き生きとしている気がする。

「謙也さんの話によると、ユウジさんはまだ千歳先輩のこと好きやないみたいやし。状況はなんも変わってへん。ただ、二人が付き合っただけやゆう話っすわ」
「いや、世間ではそれを失恋て言うんやで…」

しかし、財前の言うことは正しい気がする。
ユウジはまだ悩んでいたし、千歳に気持ちが傾いたわけではないし、略奪は可能だろう。

だが。
この前のユウジの笑顔を見ると、素直に財前の応援をする気にはなれなかった。
あのままそっとしておきたい。そうすれば、自然と小春のことを忘れられるだろう。
付き合いが成立してる時点で、千歳への好意はあるのだろうし、……千歳がユウジを大事にできるかが問題なわけで。

目の前の、生意気な後輩をチラリと見遣る。
財前も(こう見えて)純粋にユウジに焦がれているのだ。会えば憎まれ口ばかりだが、ユウジのことを大事に思っているだろう。少なくとも、俺にとっては千歳より身近な存在だから、応援したい。

なんとも複雑な心境である。

千歳さえユウジにちょっかいをかけなければ、こんなことにはならなかったのだろう。しかし、千歳を焚き付けたのは財前なので、千歳ばかりを責めてもいられない。


ふと、千歳がなぜユウジに告白したのか、気になった。


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