これ以上深まれないなら辛いだけだ。
突然の別れを切り出されるくらいなら、自分から切り出した方がマシだ。
だから別れてほしいなどと、心にもないことを言った。

「ユウジくん…」

俺は俯いているので、千歳がどんな顔をしているのか見えない。だけどその声は、諦めたようにも、ほっとしたようにも聞こえた。

「ユウジくん……。顔、上げて?」
「い、いやや…。見られたく、ない」

顔なんて上げなくても、俺が泣いていることはバレバレだ。自分で言っておきながら、自分で傷付いているなんて、馬鹿らしい。
泣き顔を見られたくなくて、千歳の背中にぎゅうと腕を回して、胸に顔を隠す。

重いやつだと、気持ち悪いと軽蔑されたくなくて、俺は首を横に振る。
だけど、千歳は俺の両腕を掴んで引きはがし、無理矢理顔を覗き込まれた。
千歳は、やっぱり困った顔をしていた。

(……ああ、呆れられたんかな)

泣き顔も見られてしまって、もうどうしようもない。
どうせ、「やっぱ重かった」だとか振られてしまうのだろう。

「ユウジくん」
「……何」

振るならさっさと振ってくれ。きっぱりと振ってくれたら、幾分気が楽だ。

「ユウジくんは、誤解しとっと」
「……なに、が?」

千歳は困った顔の中に、少し怒りの色を混ぜる。

「俺はユウジくんのこつば好きたい。なんで別れんといかんとね?」
「だって、千歳、俺とセックスしたないて…」
「そぎゃんこつ、いっちょん言うとらんばい」

千歳はため息を一つ吐くと、俺の頭をポンポンと叩いた。

「ゆうてへんなら、なんで…」

セックスを断られたのだから、それは即ち嫌われているということじゃないのか?

「ユウジくんは、極端すぎばい」

千歳は背が高いから、俺とは目線が釣り合わないが、少し背中を曲げて俺の目線に合わせてくれる。

「ユウジくん。俺はユウジくんのこつば大切に思うったい。だけん、そぎゃん急いて無理させたくなか」
「千歳……」
「ユウジくんは知っとっと? 男同士でするんは色々大変ったい」
「そりゃ、知識くらいはあるけど…」

千歳と付き合いだしたくらいから、少しずつ知識を深めてはいる。
でも、自分の部屋にパソコンもないし、家族のパソコンで調べるには、はばかられる内容だったから、人づてに得た信憑性に欠ける知識しかない。

「ゴムとかローションとか、今したい言うてすぐできるもんやなかと」
「そんなん、買えばいいやん」
「だけん、ユウジくんは浣腸もせないかんばい」
「そ、そうなん?」
「うん。たいぎゃきつかー、ユウジくんにそぎゃんこつさせたくなかと」

千歳は男同士のセックスは、危険なことも多いと言う。
正しい知識がないと、感染したり出血したり、痔になる恐れもあるそうだ。

「じゃあ、俺としたないわけちゃうん?」
「当たり前ったい! ほんなこつはしたいばい。ばってん、ユウジくんば傷付けたくなかとよ。ちゃんとしたやり方知ってから、繋がりたい」

千歳は、俺よりもちゃんとセックスのことを考えていて、しかも、俺のことまで心配してくれていた。

嬉しかった。

「じゃあ、別れんでもいいん?」
「それは俺ん台詞たい。……ユウジくんはもう気が収まったと?」
「うん。……ごめんな、千歳」

もう一度、千歳の胸に顔を埋める。
鼓動が、少し早い。

「うん?」
「俺、不安やってん。お前が本当は俺んこと好きとちゃうんちゃうかって。上辺だけなんちゃうかって。やから、ちゃんとした証がほしかってん。……重いやろ? キモいやろ?」

引かれるかも知れないけれど、自分の気持ちを伝えないといけない気がした。
そうしないと、わだかまりはなくならない。

「そぎゃんこつなか。たいぎゃ嬉しいばい、俺も同じ気持ちだけん。ばってん、ユウジくんがそぎゃん風に思うたんは俺んせいでもあるばい。すまん」

あんなに悩んでいたのが嘘みたいに、モヤモヤした気持ちが晴れていく。
自分の気持ちを伝えて、相手の気持ちも理解して。

(ああ、付き合うってこういうことなんかな)

自分の気持ちが先走って焦ることもあるけど、こうして伝えればいい。相手の言葉を聴けばいい。
歩み寄る気があるなら、きっとわかりあえるのだ。

「千歳……、あんな、耳貸して!」
「うん、なんね?」

一番大切な気持ちを、まだ伝えていないことに気付いた。

だから、一番近い距離で伝える。

「あんな。……大好きやで」

千歳は一瞬目を丸くして、そして次に満面の笑みを作った。

「俺も。俺もユウジくんのことが大好きったい」



心と心をくっつけて
title:藍日





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