小春先輩の絡んでいない一氏先輩は、基本的に無口や。これが謙也さんとか部長相手やったら話も弾むんやろうけど、俺とはそうもいかんらしい。
何を話すでもなく、お互い無言のまま歩く。

なんのために一緒に帰っとんの? 恐らく、相手が思っていること。

少し後ろを歩く相手の顔は、見えなくても簡単に想像できる。
きっとつまらないって顔をしてるんやろう。俺もそうやから。
口にしてなくて、その場にいなくても、きっとこの人はあの人のことを考えているんやろうから。
そら、つまらんわ。

「先輩」
「……ん?」

久し振りに口を開いて呟いた。少しの間を置いてから、返事が返ってくる。急に話しかけたからやろう、ちょっと驚いた、間抜けた声やった。

「甘いもん食いたくなった」
「あー…、はぁ?」

あまりに脈絡がなかったせいか、先輩は理解できてない顔で数回瞬いた。

「ぜんざい食いに行きましょ」
「はあ? ぜんざい? なんで急に…」
「今日は寒いでしょ」
「まぁな」

当たり障りのない言い訳を述べる。単純な先輩は、疑うこともなく納得した。

「ええけど、俺でええの」
「…まぁ、しゃーなしっスわ。奢れとか言わへんし、安心して下さい」
「当たり前や!」

そんな軽口を叩きながら、よく行く店に二人で入る。二人掛けの席に男二人向かい合う。
変なの。

一氏先輩は入ったことがないらしく、新鮮そうな表情でメニューをパラパラめくってる。

ああ、こんな顔初めて見た。
いつも俺が見るのは、小春先輩に向けられるめっちゃ嬉しそうな横顔。俺の方を見るときは、いっつも嫌そうな顔。嫌がることを言ってるんやから当然やけど。

「財前、お前はもう決まっとんの?」
「ぜんざいっすわ」
「ああ、ゆっとったな。つか、財前がぜんざいて」
「つまらんことゆうたら、どつきますよ」
「一応先輩やねんぞ。ま、ええわ。俺もそれにしよ」

そう言うと、先輩は店員を呼んで白玉ぜんざいを2つ頼んだ。

「お前甘いもん好きやねんな、知らんかった」
「別に…ぜんざいが好きなだけっす」
「あれ、めっちゃ甘いやんけ」

よお食うわ、と苦笑される。
この顔も初めて見た。
あんなに腹が立ってたはずの先輩の顔やのに、全然嫌じゃない。

「そんなこと言うんなら、頼まんかったらええやないですか」

確か、一氏先輩は甘いものは好きではないはず。無理して頼まれても、嬉しくない。

「だって財前、この店好きなんやろ? お前こだわり強そうやし、どんなもんか食ってみたくて」
「あれ? 俺、好きやなんて言ってませんよね」
「見てたらわかるわ。通い慣れてるんやろ」

確かに、よく通う店ではあるが。改めて一氏先輩の観察力の高さに驚いた。
そして何より。

“俺が好きやから同じものを頼んだ”ってのが。

嬉しかった。

なんや、この気持ち。
さっきまでのイライラが嘘みたいになくなって、今度はむず痒くなる。

この前謙也さんに言われた言葉が、リフレインされる。

惚れてる、だの恋、だの。

有り得へんと頑なに拒んでいた自信が、ぐらぐらと揺れているのがわかる。

「財前? どないしたん、耳真っ赤やぞ」

顔が暑い。自分が今、どんな顔してんのかなんて見んでもわかった。

「……この店が暑いんスわ」
「そうか? お前、暑がりなんやな」

苦し紛れの言い訳は、それでも先輩を納得させるには十分やったらしい。単純でよかった。





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