纏わりつく煙の匂いと、なにかが焦げる匂い。
着物はあちこち汚れてボロボロになってしまった。
辺りは燃え盛る炎のせいで夜だというのに真昼のようだった。
見下ろした手には、土と誰のか分からない血とがこびりついていた。

誰も、いない。
俺は世界でたった一人。
ずっと、独りぼっち。




「……っ!」

そこで俺は飛び起きた。
心臓が早鐘のように脈うってる。
全身汗まみれで、緩められただけの装束が張り付いて気持ち悪い。
辺りを見回すと、そこは見慣れた自室だった。
その事に安心して、額に手の甲をあてて長く息を吐いた。

あれは、俺が家族を失った時の夢だ。
あの俺の村を包む赤と、手についた紅が頭から離れない。
目を瞑れば、鮮明に瞼の裏に蘇り、何度も唸られては飛び起きた。

でもそれは、俺がもっとガキだった頃の話。
忍術学園に入ってからは見なくなったはずなのに。
上級生になって実戦をこなすようになってから、また蘇り始めた。
今日も忍務から帰ってきた途端、すぐ寝たから見ちまったんだろう。
思い出したくもない、あの夜の出来事を。

今、部屋には俺だけだ。
他者の存在が感じられないのが正直キツい。
瞼を閉じると浮かぶ炎と血の色。
必死であいつの顔を思い浮かべようとするけど、上手く描けない。
あの赤が邪魔をしてくる。
腹立ち紛れに舌打ちをして、名を呼んだ。

「乱太郎…」

思ったよりも掠れた声に、情けないと自嘲した。

「なぁに、きりちゃん」

その声に、勢い良く上体を起こして目を見張った。
部屋の戸を半分ぐらい開けて、俺を見る乱太郎がいた。
俺とは違い、常盤色の制服を纏っていた。
呆然とする俺に微苦笑を浮かべて、乱太郎はするりと部屋の中へ入り後ろ手で戸を閉める。
そしてそのまま俺の前に腰を下ろした。
そこで意識がはっとした俺は慌てて出来るだけいつもの調子で話し始めた。

「よ、よぉ乱太郎。いつからそこに…」
「ちょうど今」
「お前、ここにいていいのかよ。保健委員の仕事は?」

そうだ、忍務に出る忍たまの為に今日は保健委員の仕事があったはずだ。
保健委員会の要である保健委員長の乱太郎がなぜここに?

「一段落ついたから、休んでいいって新野先生が」

そう言って小さく笑う乱太郎の顔から、疲れの色が見て取れた。

「大丈夫か?疲れてるだろ」
「私は大丈夫。…きりちゃんこそ大丈夫?」
「俺?俺は平気だよ」
「そう」

俺がそう言うと、優しく笑った乱太郎。
次の瞬間、すっと無表情になって俺の目を真っ直ぐ見据えた。

「嘘。いつもなら、いつからそこになんて聞かないじゃない。…なにかあったの?」

あぁ、やっぱり乱太郎には隠し通せない。
最初から隠せないことを分かっていても、どうしても隠しちまう。
だって、こんな情けない姿、見られたくないだろ。
恋人に。


乱太郎が急に俺の右手を両手で掴んだ。
驚いて顔を見ると、悲しさや怒りを混ぜたような表情をしていた。
…どうやら、声に出てたみたいだ。

「情けないなんて、そんなことない!辛いときは辛いって言っていいんだよ。私はいつもきり丸に助けてもらってるから…だから…お願い、無理しないで」

少し潤んだその色素の薄い瞳と目があった時、俺の中でなにかが溢れた。

衝動ままに乱太郎を抱き締める。
温かさと僅かに聞こえる心音に、柄にもなく目頭が熱くなった。

「………夢、見たんだ。俺の家族が死ぬ夢を」
「…うん」
「誰もいなくで、世界でたった一人しかいない気がしてさ。可笑しいだろ。たかだか夢なのにこんな…」
「きり丸」

乱太郎は俺の背に腕を回して、俺に負けないぐらいの力で抱き締め返した。
そして優しく、まるで子供に言い聞かせるみたいに囁く。


「私はちゃんと、ここにいるよ。きり丸の傍から勝手にいなくならないから」


いつもそうやって、欲しい言葉を惜しみなくくれるな。
やっぱり、救われてるのはいつも俺の方だよ、乱太郎。

抱き締めたまま布団に二人で倒れ込む。
ほっとしたら疲れが一気に襲ってきた。
このまま眠りたい。

「もう少し、このままでもいいか?」
「ふふっ、甘えたがり?」
「…うっせ」

笑ったお返しに腕に力を込めた。
乱太郎は苦しいよきりちゃん、なんて笑った。
腕の中の存在のお陰で、俺は襲ってきた睡魔に安心して身を委ねられた。




夢を見た。
最初は同じ、あの時の記憶。
手を見つめていた所までは同じ。
その後が違った。

その手から光が迸り、余りの眩しさに瞼を閉じた。
少しして、瞼の裏から光が消えるのが分かって恐る恐る目を開いた。

そこには、赤、じゃなくて薄紅色。
桜が咲き乱れていた。
桜の花びらの向こうには、土井先生、山田先生、は組のみんな。

そして目の前には…―――

『行こう!きり丸!』

桜に負けない満面の笑顔の乱太郎が、俺に手を差し伸べている。
俺は自分の手を見た。
土も血もついていなかった。

『…あぁ。行こうぜ乱太郎!』

俺はその手を握ってみんなの所へ駆けた。

もう、世界で一人だなんて思わなかった。





 君がいるから
 (俺は俺でいられるんだ)







後書き:初きり乱でした。
なのにこのシリアスっぷり。
後きり丸の口調が謎過ぎる。
きり乱はお互いに救い合ってるんだけど、お互いに自分ばっかり救われてるって思ってる。