「俺はお前に好きだと言われたことがない」
「…は?」



 好きを言え!



呆気にとられた留三郎の顔は想定の範囲内。
逃げられなかったので良しとする。

「何をいきなり…」
「いきなりでもない」

言ったのはいきなりでも、常々考えていたことだ。
どうもこいつは素面で「好き」だと言った試しがない。
意地やら矜持やら性分やらが邪魔をして言えないのは分かる。
しかしこいつは閨の中でも、散々攻め立てて理性を飛ばしてやらないと言わない。

もしくは酒。
酒に呑まれると素直に口にする。
常とは違う可愛らしさに俺も思わず自制が効かなく……話が逸れた。
とにかく俺は、素面で、面と向かって言って欲しいんだ。
恋仲であれば当然の欲求だろう。

「嫌だ!なんでんなこと!」

拒まれた。
まぁこれも予想の範囲内だ。
でもそれぐらいじゃ俺はめげない。

「聞きたいからだ」

しれっとした顔で言ってやれば、留三郎はうっと言葉を詰まらせた。
恋仲になって知ったが、こいつは案外押しに弱い。

「〜〜〜お前だって言わねえだろ!」

これも想定済み。
確かに俺も普通の時に言ったことがあるのは両の手で数えるほどだ。
それを言えば俺が怯むと思っているのか、留三郎の顔は得意気だ。

「…言えばいいのか?」
「えっ?な…」

留三郎の肩を両手で掴んで、視線を真正面に合わせた。
生憎今の俺にそんな安っぽい挑発は通用しない。
なぜなら、軽く開き直ってるからだ。
…あまり余裕がないことは認めよう。

「好きだ留三郎」

俺が言い切ると、キョトンとしていた留三郎の顔は一瞬で真紅に染まった。
おお、面白い。

「で、どうなんだ。まさか言わせておいて言わないとかねぇよな?」

わざと挑発的に笑って、留三郎の負けず嫌い精神を擽ってやる。
逃げ道を塞ぎ、言うよう再び迫る。
留三郎は口を魚みてぇにパクパクさせて、やがて意を決したのか俺を真っ直ぐ見た。
もとい、睨みつけた。

「す…」
「す?」
「す、す、」
「うん?」
「す…すっ…!」

顔がにやけるのを感じながら待っていたら……殴られた。
油断した俺の左頬をそれは綺麗に。
殴られた頬を押さえ、呆気にとられて留三郎を見やる。
肩で息する留三郎は、先程よりも真っ赤な顔をして。

「嫌いじゃねぇよ!!」

と、叫んで用具倉庫から飛び出した。

殴っておきながら嫌いじゃないって…思いっきり矛盾してる気がするが…。
そもそもそんなに恥ずかしいなら初めから逃げりゃ良いものを…。
そこら辺が分からないあたり、あほのは だよな。
いやそこも可愛いんだがな。

取りあえずは及第点だと、俺は笑った。



今日の被害者は、用具倉庫に居合わせた、三年ろ組の富松作兵衛(12)。なにか一言。

「俺のこと、見えてないっすよね…」

作兵衛は、遠い目をして乾いた笑いを浮かべたという…。





後書き:周りに被害が出る犬猿二人のいちゃつき。
しかし二人は無自覚だから質が悪い。
大抵は作兵衛や六年生らが被害者。