首筋に突き立てた苦無を引き抜く。
重い音を立て、俺の前にいた人間は倒れた。
辺りを満たす血の匂いに顔をしかめる。
人だった肉片がそこら中に転がってりゃ当然か。
光を失い硝子玉のような目に写る自分。
黒の忍び装束を纏った俺は、至る所が赤で染まっていた。



 願わくば



今日は文次郎と共に山賊討伐の忍務を言い渡された。
相手は忍び崩れの集団で、多少の苦戦が強いられるとは思われた。
が、伊達に俺も文次郎も武闘派で通ってる訳じゃない。
結果は今の俺達がいる周辺が雄弁に物語っている。
10人程いた山賊は、全て二人で始末し終えた。

「ったく、手間取らせやがって…」

隣にいる文次郎がそう呟く。
恐らく対した歯ごたえもないのに来させやがって、という意味だろう。
俺も同じ意見だ。

ふと、屍の一つと目があう。
ただの硝子となり果てた眼は、俺の姿を写すのみ。
恐怖で歪んだ表情は、殺さないでくれと言わんばかりだ。
もう死んでるけど。

人は死ぬ。
魂が入れ物から剥がれ落ちて、入れ物はただの肉となる。

…いつか俺もこうなるのだろう。

「一応聞くが、怪我はないな?」
「あぁ…」
「……留三郎?」

忍びである限り、死はより一層傍にある。
いつ、どこで、野垂れ死ぬかも分からない。
寿命一杯まで生きれるなんてことは恐らくないだろう。
誰かに殺されることのが確率としては断然高いのだ。

それでも、それでも願ってしまう、俺は愚かか。
俺は……――

「留三郎!」

強く呼ばれた名と掴まれた肩に意識が浮上する。
振り向けば眉根を寄せた文次郎がいた。

「一体どうした。なにかあったのか?」
「いや……いつかは俺達も死ぬのかなって…」
「は…?」

文次郎。
お前もいつかどこかで死ぬんだよな。
それは俺がいない所で?
誰かに殺されるのか?
…そんなの嫌だ。
俺だって、お前がいない所で死ぬなんて嫌だ。

俺は、苦無を握ったままの文次郎の右手を取り、己の首筋にその苦無をあてがった。
文次郎が目を見開く。

「…俺、死ぬ時はお前の傍がいい。だからお前が殺してくれ。文次郎じゃないと嫌だ」

この命、お前だけにくれてやる。

文次郎は俺の意を理解したのか、表情から驚愕の色を消した。
そしてさっきとは逆に、俺の握ったままの苦無を同じようにあてがった。
互いの刃が、互いの首筋に軽く食い込む。

「…ああ。俺も出来ればお前がいい」

そう言って、文次郎は柔らかく笑った。
俺も同じように笑い返した。



俺の命はお前のモノ。
お前の命は俺のモノ。

死さえも不確かなこの世で、俺達は儚い約束を交わす。
叶うことはないかもしれない。
それでも願う。
心から愛す奴に、この命が奪われることを。




 願わくば 君の下にて
 我死なん
 その宵闇の 新月の頃





後書き:西行法師のあの歌、好きです。
多分文留だとこうなります。
雰囲気が結構気に入ってる。