今日は多分、日本中の恋する女の子にとっては決戦の日。 ああ、男にとっても決戦の日かもしれない。 誰もが気にしないふりをしながら、そわそわそわそわ、落ち着くことなんてない。 かくいう俺も、そんな落ち着かない一人だったりする。 俺の周りの奴はモテる。 仙蔵は、性格はあれだけど容姿に関しては抜群だ。 ファン的な女の子からのチョコが後を絶たない。 伊作は、顔はいいし、不運な所が女子から見て母性本能を擽るらしく、やはりチョコが多い。 因みに仙蔵は年下、伊作は年上からが多かったりする。 小平太は、バレー部のエースで本人の性格から顔が広いのか、学年問わずチョコを貰っている。 つーかバレンタインじゃなくて半分餌付けに見えるが…。 長次は、数こそそんなに多くはないが、本命の数は一番かもしれない。 長次って内気な年下の子にめちゃめちゃモテるだよな。 とにかく、俺の周りにはモテる奴が多い。 俺というと、まぁ、それなりに貰っている方だと思う。 別に、少ないからって僻む気持ちはこれっぽっちもない。 むしろ俺は、後輩の義理チョコ以外は全部断ってるぐらいなんだ。 だって俺、今年は貰う側じゃなくて、あげる側だから。 「失礼しまーす…」 もう通い慣れた数学準備室の扉をそっと開ける。 中にはちゃんと、俺の目当ての人がいた。 一人だけで。 それに少しだけ、ほんの少しだけほっとした。 「留三郎か。今日は少し遅かったな」 「うん。今日は残ってる奴が多くて…」 ふと、先生の机の上になにかあることに気がつく。 雑然と置かれて、少し山になっているそれは、見間違えようもなくチョコだった。 じっとそれを見つめていると、気がついた先生が俺の視線の先を追った。 そしてすぐ、合点がいったように頷いた。 「それか?それな、ここに来たら勝手に置かれてたんだ」 「勝手に?」 「ああ。まぁ、面白半分で置いてったんだろ」 というか、ここは教師がいない時は立ち入り禁止だってのにまったく…。 ぶつぶつと呟く先生の声は、耳に入るけどすぐに反対側から流れてしまう。 俺は、それ程そのチョコの山に見いっていた。 チロルチョコだの、板チョコだの。 確かに面白半分と言ってしまえばそれで終わりかもしれない。 でももしも、そうと装って本気の子がいたら? 時々混じっている少し高そうなチョコは、本当にただ面白半分で置いていったのか? 先生自身は分かってないけど、先生はモテると思う。 厳しいようで、意外に面倒見がよくて優しいし。 背は高くて、スタイルも結構いいし。 顔だって男前だ。隈は慣れてしまえばなんてことない。 だからきっと、本気で先生のことが好きな子だっているはずだ。 でも言えないから、気持ちをチョコに詰めてここに置いていったかもしれない。 無い、なんて、そんなことは言えない。 ああ、ダメだ。考えだすとキリがない。 明確な答えは出ないのに、考えてしまう。悪い癖だ。 「留三郎」 名前を呼ばれて、ようやく思考を中断できた。 俺は誤魔化すように、慌てて先生を見た。 目と鼻の先に突き出される、先生の手。 「え?」 「…くれないのか」 何のことかはすぐ分かった。 思わず躊躇してしまう。 初めからそのつもりで来たくせに、いざ本人を目の前にするとつい…。 暫くの間、無言で見つめ合う俺と先生。 「なんだくれないのか。俺はてっきり…」 「う、あ、あげる!あげるから!」 差し出された手が引っ込まれそうになって、俺は急いでその手にチョコの入った箱を乗せる。 これを逃したら、多分ずっと出せずに今日が終わってしまうと思ったからだ。 先生は苦笑混じりで笑う。 「初めからそうしろ」 先生は、チョコが入った青い小さな箱を、そっと机の上に乗せた。 そして丁寧に包装を解く。 中身を見た先生が、小さく声をあげた。 「手作りか」 「…まぁ、一応。多分、先生の好みだと思う」 かなり前、まだ一月の半ばぐらいに自分でチョコを買って作ったものだ。 二月に入ってからチョコを買うのは、あからさま過ぎて気が引けたからだ。 味は、甘さは限りなく控え目のビター。 先生はあまり甘いのが得意じゃないから、そうした。 でも不安だ。 俺的にはそうでも、先生にとってはどうだろう。 俺は先生の口に入る生チョコを、固唾を飲んで見ていた。 「…ど、どう?」 我慢できずに思わず尋ねる。 先生は少し、笑った。 「美味いよ。俺好みの味だ」 その言葉にほっと息をつく。 美味しいって、それだけで簡単に気持ちが舞い上がる。 さっき感じたもやもやが晴れた気がした。 「あぁ、そうだ」 先生は思い出したようにそう言うと、急に立ち上がった。 突然の行動に少し戸惑っている間に、先生は俺の頬に軽く指を添えた。 と、ほぼ同時に反対の頬に感じる柔い感触。 「これ、お礼な」 キスされた、と理解したのは、先生の顔を見た時だった。 一気に頬に熱が集まる。 「な、なんで、今…!普通お返しはホワイトデーだろ!」「いいだろ、別に。それともなんだ。頬じゃない方が良かったか?」 意地悪く笑う顔には、ほんの少し色気が混じっていた。 しかも実はちょっとだけ、口のが良かったかも…なんて思っていたことを当てられて。 俺は恥ずかしさでどうにかなりそうになってしまった。 「…帰る!」 俺は耐えきれなくなって準備室から逃げるように飛び出した。 「…お礼とは言ったが、別にお返しとは一言も言ってないんだけどな」 さて、一カ月が楽しみだ。 ああそれと、このチョコはよく分からんから安藤先生辺りにお配りするか…。 そう言って、笑いながらチョコを食べる潮江に、留三郎は知る由もなかった。 帰り道をひたすら歩きながら、はたと手の中のものに気がつく。 さっきの山にあったチョコだ。 どさくさに紛れて一つ持ってきてしまったみたいだ。 少しだけ高そうなチョコ。 俺はそのチョコを見つめた。 見つめて、包みを破って乱暴に食べた。 悪いとは思った。 でもこればっかりはダメだ。 先生は俺のだから。 それは変わらない。 来年も、再来年も、ずっとずっと。 だから、先生をどんなに好きになってもダメ。 絶対に譲ってやんないから! チョコレート色の盲目 (貴方しか見えていない) 後書き:間に合わなかった…!しかもなんだか中途半端…! 留三郎が心配するほどでもないよってことです。ハイ。 初めてのバレンタインは…安心安定の盲目ベタ惚れお留三郎でお送りいたしました。 初めてなので、初々しさを取ってみましたが…初々しいか甚だ疑問ですね。 でも気にしちゃダメだよ! ← |