ふと、目が覚める。
いつの間にか寝たんだろう。
枕にしていた腕が少し痺れて痛い。
ぼんやりとしてまだ定まらない視界にまず入ったのは、それは綺麗な空だった。
沈みかけた夕日が下半分を優しい赤色に染め、上半分は迫る夜の群青色だ。
その境目で色が混じりあい、なんとも言えない色彩をしている。

ぼんやりと、ああもう遅いんだな、と思った。
思考もだんだんとクリアになって、自分が座っているのが机だと分かった。
そこで唐突に、自分が教室にいたことを思い出した。



そうだ、確か今日はいつもの様に先生の所へ行って。
行ったはいいけど、今日に限って準備室には他の生徒がなぜかいた。
近々数学検定があるから、今日はその勉強会だって先生に言われて。
先帰ってもいいって言われたけど、帰るつもりはないから教室で待ってるって言って。
それで、待ってるうちに待ちくたびれて寝ちゃったのか。



どこか他人事の様に、今に至るまでを頭の中で辿った。
あの空模様だから、どうやら結構時間がたったようだ。
俺は携帯で正確な時間を確認しようと、体を起こした。
と、少し動いたと同時に肩から何かが落ちる。
見るとそれは、黒いスーツの上着だった。
あれ?確かこれ、今日先生が着てたのと同じじゃ…。

俺はそこで漸く、誰もいないはずの教室で自分以外が発する音があることに気づいた。
紙の上を、一定のリズムでペンが滑る音。
時々そのリズムが崩れて違う音が混じる。
まるでテストの採点をしてるみたいな…。
すぐ起き上がって周りを見渡せば、教卓に俺の予想した通りの人物がいた。

「先生…」

先生は頬杖をつきながら、多分さっきやったと思われるテストの採点をしていた。
俺が声を発すると、先生は目線だけこちらに向けた。

「起きたか」
「う…ごめん、寝ちゃって」
「寝るのは構わない。構わないが、風邪ひくぞ?」

この学校は暖房完備だけど、放課後になると切られる。
そういえば、心なしか少し寒いような…寒くないような。

「気をつける。…上着、ありがと」
「ああ」

俺は立ち上がって、教卓のすぐ前の机まで移動した。
そこは伊作が座ってる席。
俺のクラスの席替えは、毎回必ずくじ引きだ。
不運で有名なあいつは、ほぼいつも一番前だ。でも俺は、少し羨ましい。
だってほら、今みたいに先生がこんなに近いから。

そんなことを考えながら、先生を見つめていると、先生が突然顔を上げた。
なぜか苦笑いしている。

「お前なぁ…んな見つめられると困るんだが」
「え、俺そんなに見てた…?」
「見てたよ。どうした?」

そう、先生が聞いてきたから、俺は普通に思っていたことを口にした。

「ここの席、先生が近いから伊作が羨ましいなって」

言い終わった瞬間、先生が固まった。
そしてなぜか、額に手を当てて深くため息をついた。
ちょっと肩も震えてる。
…あれ?俺、なんか変なこと言ったっけ?
訳が分からず、首を傾げる。
先生はそんな俺を見て、またため息をついた。

「…留三郎」

先生が椅子を引いて体を教卓から離して、自分の膝を軽く叩くと俺の名前を呼んだ。
……そっちに行ってそこに座れ、ってこと?
なぜだか断れない雰囲気があって、俺は戸惑いながら側に行った。


先生の目の前に行ったはいいけど、どうすればいいか分からなくて躊躇してしまう。
そんな俺に焦れたらしい。
先生が俺の腕を半ば強引に引っ張った。
俺はそのまま、向かい合わせで先生の足に跨ぐ様に座らせられた。

身長差から、俺が少し先生を見下ろす感じだ。
先生の顔が慣れない位置にあって、ドキッとしてしまう。

「せ、先生!俺重いから、降り…」
「重くねぇよ。だから降りるな」

慌てて降りようとしたけど、しっかり腰に腕を回されて降りることができない。

これは、まずい。
ここはいつもの準備室じゃなくて、普通の教室だ。
大分遅い時間とはいえ、準備室よりもずっと人が来る確率が高い。
万が一こんな所見られたら、言い訳なんて通用しない。

「先生、見られたら…っ!」
「誰も来ねぇよ」
「そんなの、」

分からないと言い終わる前に、先生に口を塞がれた。
反射的に目を閉じてしまえば、後は先生にされるがまま。

初めは必死に口を引き結んでいたけど、触れるだけの柔いキスにだんだん力が抜けて。
それに比例するように深くなる先生のキス。
誰もいない教室に響く卑猥な水音に、体が震えた。

「ふっ…ん…」

いい加減、息が苦しい。
先生の胸を何回も叩いて、ようやく口が解放された。
リップ音が、耳をくすぐる。

「せん、せ、なに…?」

荒く息をしながら、切れ切れな言葉で先生に問うた。
先生は薄く笑うと、右の親指の腹で俺の唇をなぞった。

「お前があんまり可愛いことを言うからな…。塞ぎたくなった」

すっと目を細める先生に、勝手に鼓動が高鳴る。

「ふ、塞ぎたくなったって…」

どうしよう、先生の顔がまともに見れない。顔が熱い。
先生のYシャツを握り締めて俯いていたら、俺腰に廻していた先生の手が動き始めた。

「え、あ、ちょ…!」

そして制止する間もなく、先生の手が制服の裾から中に入ってきてしまった。

節くれだった大きな手で、脇腹をそろりと撫でられる。
途端、背筋に走る甘い痺れ。
悪戯な手は、俺が抵抗しないのをいいことにどんどん大胆になる。
その感覚をやり過ごそうと、目を固く閉じて先生の肩に顔を埋めた。
それがいけなかった。
先生の目の前にさらすことになった耳を、甘噛みされてしまったから。

「ひゃっ!」

慌てて体を先生から離す。
キッと先生を睨んでも、先生は楽しそうに笑うだけ。
この間にも、先生は俺の体を撫でるのをやめない。
焦れったい快感に、いい加減おかしくなりそうだ。

「先生、ここじゃ、ダメだっ、て…!」

このままだと、この先を強請ってしまいそうで。
止まらなくなりそうで。

「…ここじゃなかったらいいのか?」

意地悪く、先生は笑う。
分かり切っているくせにわざとそんな風にうそぶく。
普段の俺なら、きっと反発したかもしれないけど、今の俺にそんな理性はなかった。

「…いい、からぁ……」

息も絶え絶えに呟けば、満足そうに先生が笑う。

「いい子だ」

そう言って、涙が滲みかけている目尻にキスをくれる。
俺が好きな、低く優しい声に体が震えた。
無駄にいい声なんだから、ずるいよな、先生は。



ようやく手が服の中から出て行って、ほっとして体から力を抜いた。
でも同時に、少し寂しいと思う自分がいて焦ってしまう。
それを誤魔化すように、先生の肩を叩いて少し文句を言った。

「…誰か来たらどうするつもりだったんだよ」
「スリルがあっていいだろう?」
「そういう問題じゃなくて!」

普段だったらこんな不安な場所でこんなことしないのに。
先生は不意に真面目な顔になって、俺の頬を撫でた。

「…今だけだ。今だけ、秘密な?」

そして先生は、その手の人差し指を立てて、口に当てるポーズをした。
どことなく寂しそうに笑う先生に、胸の奥が小さく締め付けられる。

秘密。

それは正しく俺たちだ。
秘密にしないと一緒にすらいられない。
でも、それでも俺は。


「…先生」
「ん?」
「もう一回だけ…キスしてほしい」

先生は俺の言葉に少し目を見開いて、すぐに笑った。
そして今度は、さっきみたいな呼吸も奪うようなじゃない、優しくて、優し過ぎて苦しくなるようなキスをくれた。






それはまるで、どうしようもない甘さの中に、ほんの少しの苦みがある蜜のように。










 秘蜜の放課後
 (背徳という甘美の味)





後書き:相互記念に「惹椛」の舞坂様に捧げます。
リク内容は、「先生×生徒、放課後誰もいない教室でいちゃいちゃ」でした。
遅くなって申し訳ない上に、このクオリティの低さ…。
ちゃんとリク内容に添えているか心配です。
肝心のいちゃいちゃが曲者でした。書けない書けないorz

改めまして、舞坂様、相互ありがとうございます!
書き直しはいつでも承っておりますので。

いないとは思いますが、舞坂様以外は持ち帰り厳禁です。