初雪が降った次の日は、ロマンチックだね、なんて言ってらんない訳で…。





 繋いで、手





扉を開けた途端、冷たい空気が頬を撫でる。
はぁっ、と吐いた息は白くなって空に消えた。
やっぱり、制服の下にヒートテック着て良かった。
学校指定のコートに、文次郎から貰ったお気に入りのマフラーと手袋をすれば、幾らか寒さも緩和される。
因みに足はタイツ着用済だ。
私は両親に行ってきます、と言って家を出た。



「うわっ…」

私は外に出て、目の前の光景に唖然とした。

雪があまり積もらないここで、珍しく積もった日の朝。
コンクリートの地面は雪に覆われて凍っていた。
私的には、朝になれば溶けるかなー、なんて暢気なことを考えていたもんだから、かなり驚いた。

自転車に乗っている人は、皆降りておして歩いていた。
確かに、こんな地面で乗って走ったら確実に転ぶ。
車もスピードを落としてのろのろ走っていた。
お陰で道は大混雑。
バス停に人が結構いたけど、来ないのか遠目からでもイライラしているのが分かる。
さっきから時計を確認したり、バスが来るであろう方向を何回も見ているから。
多分この様子じゃ、電車も遅延したりいつもより混雑していると思う。
学校が歩ける距離にあることに、私は心底感謝した。


「おはよう」

ぼんやり周りを眺めていたら、聞き慣れた声が耳に飛び込む。
もう、見なくたって誰だか分かる。

「おはよう、文次郎」

振り返った先にいた文次郎は、珍しく厚着をしている。
あ、私があげたマフラーだ。
ちょっと嬉しい。
文次郎も私を見て、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。



文次郎と他愛もないお喋りをしながら、凍った道を歩く。


「凄いな。思った以上に積もってて」
「ねー。珍しいよね、こんなに降るの」
「雪ではしゃぐの子供だけだな。父さんが嫌な顔してた」
「文次郎のお父さん、警察官だし余計ね」
「まぁな。絶対事故多発するってぶつくさ言ってたよ」
「お巡りさんも大変だー」


お陰で寒さは気にならならなかった。

でも。


「私のお父さんもぼやいてたけど……きやっ!」
「おっと」

凍った路面に足を取られ、転びそうになった所を寸での所で文次郎に体を支えられた。だから転びはしなかったけど、心臓は早鐘をうった。

「び、びっくりした…」
「危ねぇな。留、怪我ないか?」
「う、うん」
「そうか。なら良かった」

気がつくと自然に腰を抱き抱えられていて、今度は別の意味でドキドキしてしまった。

「あ、ありがと」

それを悟られないように、さりげなく文次郎から離れる。
文次郎は足元を見ていたせいか特に気にした様子はない。

「あー…お前ローファーなのか」

言われて、私も自分の足元を見る。
私の普通の黒のローファーを履いている。
因みに、文次郎は普通のスニーカーだ。

「ローファーじゃ、この地面歩きにくいだろ」

正直言うと、実はそうだ。
さっきから小さく滑って歩きにくいことこの上ない。
しかもこれ、結構履いてるから靴の裏はすり減ってところどころ平たい部分がある。

「だ、大丈夫だって!学校行くくらいなら…わっ!」
「うおっ!……ったく、言わんこっちゃないだろ」
「…ごめん」

またも滑って、目の前にいた文次郎の胸に軽くダイブ。
言ったそばからこれで、文次郎もさすがに呆れ顔だった。文次郎はため息をついてから、私に左手を差し出した。

「…え?」

差し出される、自分よりも大きくて節くれだった手。
突然の行動に私は驚いて、自分がどうすればいいか判断できずにいた。
文次郎はそんな私にじれたのか、半ば強引に私の右手を握って歩き始めた。

「も、文次郎?」
「このままだと遅刻するぞ」

文次郎はずんずん先を歩いて、私を引っ張る。
初めこそ、強引な行動に訳が分からなくなっていたけど。

さりげなく私の歩調に合わせてくれてることとか。
氷が溶けている所を選んで歩いてくれてることとか。
私がバランスを崩しかけると、支えて助けてくれることに気がついて。
嬉しくなってしまった私は、その優しい手を握り返した。
そしたら、文次郎も握り返してくれた。

失敗した。
手袋、してこなきゃ良かったな。
だってそれなら、もっと温かかったから。



学校が近くなって人通りも多くなり、氷が大分少なくなった所で手は解かれた。
本当は名残惜しかったけど、仕方ない。今は我慢。

「ありがと、文次郎」

私がお礼を言うと、文次郎は私を軽く撫でた。

「礼なんていい。当然だろう」

文次郎が言った言葉の意味が、いまいち掴めない。
不思議に思った私は、撫でられた頭に手を乗せながら文次郎を見上げた。

「お前が怪我しないためならな」

文次郎は、なんてことのないように言った。
私はというと、嬉しさと恥ずかしさが込み上げて顔が一気に熱くなった。
温かい所の話じゃない。

(……狡い)

そんなことをさらっとしちゃう所が。
でもカッコいいから腹が立つ。
だって、私ばっかりドキドキさせられっぱなしだ。
私だって、たまにはお返ししてやりたい

立ち止まり、していた手袋を外して鞄に仕舞う。
私より半歩前を歩いていた文次郎は、私が止まったことに気づかない。
私は後ろから、どん!と抱きついた。

「うおっ!って、おい留!」
「えへへー」

油断した隙に、空いている左手に私の右手を絡ませる。
少し冷えた指先と、温かい掌が対照的だった。

「手袋、忘れちゃった」
「はぁ?」

文次郎の反応は至極当然だ。
だってついさっきまでしてたんだから。
ていうか、鞄の中入ってるし。
でも私はわざととぼけた。

「寒いからこうしてよ。ね?」
「………あぁ…」

私の意図に気がついたらしい文次郎は、私の手を握った。
そして、ふっと笑みを零してこう言った。

「仰せのままに」



…やっぱり、文次郎には適わなかった。







後書き:余りに滑るから、誰かに手を引いて貰いたいと思ったのが始まり。
初めは文次郎…と思っていたけど、文次郎は留の手を引いてりゃいいんで私は長次を希望します。
長次は無言でさりげなくエスコートしてくれそう。
この二人を見ていたカップルがまねしたとかしないとか。

しかしまたいちゃいちゃ話になってもた(^p^)