その紅は、この世で一番特別な紅。





一月も始まり。
私は文次郎の家に来ていた。
(因みに文次郎の家は純日本家屋だ)

今日はこれからいつものメンバーで初詣に行く予定だ。
現地集合のはずなのに、なぜか文次郎が朝急に、家に来て欲しいというメールを送ってきた。
よく分からなかったけど、一応了承して、文次郎の家に来た。
せっかくの初詣だから、私的には目一杯おしゃれしたつもりだったのに。
玄関の扉を開けて、私を出迎えた文次郎が開口一番言ったのが、

「良かった…」

だった。
なぜかほっと胸を撫で下ろして。
良かった、って。
なにが「良かった」なのかさっぱり分からないし、胸を撫で下ろす理由が分からない。
私は理由を聞こうとしたけど、その前に腕を引っ張られ家の中に上がらせられた。
文次郎は何も言わずに、私を一つの和室に放り込んだ。


「ちょっと待ってろ」


文次郎はそれだけ、言って部屋を出て行った。
私は突然の文次郎の行動に驚いて、ぽかんとしたままその部屋にいた。
取りあえず周りを見渡すと、桐箪笥と大きな姿見があるだけの簡素な部屋だった。
ますます訳が分からなくなり、首を傾げていると、近づいてくる二つの足音。
部屋に入ってきたのは文次郎、ではなく文次郎のお母さんとお祖母さん。

「久しぶりね、留ちゃん。あけましておめでとう」
「え?あ、あけましておめでとうございます…」

戸惑いつつ、おばさんと新年の挨拶を交わす。
そういえば、文次郎と新年の挨拶してないな…。
なんて考えていたら、おばあさんはニコニコしながら、ゆったりと話し始めた。

「相変わらず別嬪さんねぇ。きっと良く似合うわ」
「そうですね。こんな可愛い子が我が家の一員になるなんて嬉しいわ」
「早く晴れ姿を見たいわねぇ」
「な、なにが…?」

再び訳が分からなくなってる私を尻目に、なぜか盛り上がるおばさんとおばあさん。
ちんぷんかんぷんな私に、おばさんはとんでもないことを言った。

「それじゃ早速脱いでもらいましょうか」
「えっ? ぬ、脱ぐ…!?」

驚きで目を見開いた私に対して、お二人は上機嫌に笑ったままだ。

「大丈夫よ、着替えるだけだから」
「もっと別嬪さんにしてあげるわ」
「え?え?」

まったく状況を把握出来ない私は、お二人のなすがままにされてしまった…。







(で、私はなぜこんな格好をしているんだろう…)

あれから30分ぐらいたったのだろうか。
私はさっきまで着ていた洋服を全て剥ぎ取られ、なぜかそれはそれは綺麗な着物を着ていた。

鮮やかな紅の地は、素人目から見ても上等なものだ。
触り心地は滑らかで、美しい光沢がある。
光の加減で金糸の刺繍が輝き、裾の方には椿が凜と咲き誇っていた。
帯はその着物に合わせてあって、やっぱり上等なものだ。
結われた髪に飾られた簪は、私が動く度に煌めいてシャランと軽い音を立てた。
多分、今身に纏うものは全て高級品だと思う。

それはいい。
問題は、なんで私がこれらを身に着けているということ。
着付けたおばさんとおばあさんは大絶賛だった。けど!
私が着る意味が分からない。
いやでも嫌な訳じゃない。
むしろ嬉しいぐらいだ。
だってこんなに立派な着物、私の一生で着れるか分かんないもん。
嬉しいけど……いきなり着せられて戸惑わない訳ない。
多分、いや絶対、原因は文次郎だ。
文次郎が来たら問い質さないと…。

私がブツブツ呟いていたら、背後の襖が開く音がした。
直感的に文次郎だと思った私はすぐさま振り返った。

「ちょっと文次郎!これどういう」

こと、まで言えなかった。
文次郎はさっきまで着てたシャツとジーンズじゃなくて、深い蒼の着流しを着ていた。
ぴしっと着こなしているそれが文次郎に合っていて、思わず、本当に思わず見とれてしまった。
文次郎も、私を見て固まっていた。



どれくらいそうしたのか。先に動いたのは文次郎だった。
口元に手を当てて、私から目を逸らして俯いた。
その仕草に不安なって、そっと近づいて顔を覗き込む。
文次郎の顔は真っ赤だった。

「へ?」

私が間抜けな声を出すと、文次郎はますますそっぽを向いてしまった。

「文次郎?」
「あー…いや、その……ってる」
「え、なに?」

声が小さ過ぎて聞き取れず、聞き返した。
文次郎はまだ赤い顔のまま、私の方へ向き直って今度は私の目を見てはっきり言った。


「……似合ってる。綺麗だ」


そのあまりにストレートな褒め言葉に、私は鏡を見なくても自分の顔がこれ以上ない程に赤くなったのが分かった。

「う、あ、ありがと…」

湯気が出そうな程顔が熱い。
恥ずかしくなって俯くと、文次郎の着物が目に入った。

「その、文次郎も、似合ってる、よ?」

途切れ途切れに感想を言えば、文次郎もまた顔を赤くして、「そうか」だけ言った。

視線だけを上にやれば、文次郎と目が合った。
お互いの顔の赤さに、同時に二人で少し笑った。


笑った後、私はさっき言い忘れたことを思い出した。
そうだ、ちょうどいいから今言おう。

「文次郎」
「ん?」
「あけまして、おめでとうございます」

わざわざ律儀に頭を下げて、丁寧にそう言った。
そしたら文次郎も真似して。

「あけましておめでとうございます」

そう言って頭を下げた。
お辞儀の姿勢のまま、視線だけ絡ませる。
今度は二人で、思いっきり笑った。




「え、そんなに大切なものだったの!?」

私と文次郎は、初詣に行くため集合場所に向かって歩いている途中。
その道すがら、この着物について聞いた。

まず着せた理由。
大掃除の際に文次郎が見つけて、私に着せたいと思ったのが始まり。
初詣に行く前に呼んだのも着付けの為。
で、あのいきなりの「良かった」。
もしも万が一私が着物を着てきたら、それを脱がしてまで着せるのは如何なもんかと思ったらしいけど、実際私が着てきたのは洋服。
それに対しての「良かった」なんだって。

それとこの着物は、何でもこれは文次郎の曾お祖父さんが曾お祖母さんへ贈った物なんだそうだ。
一点物だからお値段も凄いらしい。
詳しい金額は教えて貰えなかった。

「教えたら、多分お前脱ぎたくなるから」
「そ、そんなに高いんだ…」
「……ま、それはそれで俺はいいけど」

そうのたまって、にやりと笑った文次郎の頭をひっぱたいておいた。


でもふと不安になる。
そんな大事な物を、自分なんかが着てもいいのだろうか。
なんだか申し訳なくなってしまう。
少し沈んだ私の顔を見て、文次郎は私が何を思ったか察したらしい。

「それはお前が着てもいいんだよ。むしろお前にしか着て欲しくない」
「…? どういう意味?」

私が問いかけると、文次郎は頬を掻いて目を逸らした。
心なしか、顔が赤い。

「それは…いつか教える」
「いつかって、いつよ」
「いつかだ!」

そう文次郎は言い切り、結局は教えて貰えずじまい。
気にはなったけど、赤くなった顔が可愛かったから追求は許してあげた。















その着物は潮江家のお嫁さんになる人が着る物だと知ったのは、数年後に白を纏った後のこと。







 君だけの紅
 (君以外は纏えない)





後書き:初詣なら着物だろ!という話だった筈なのに…。
気がついたら正月にかこつけていちゃいついてるだけの話になった。
あ、いつものことか!(^p^)

2012年もこんな感じでいちゃつかせますが、お付き合いの程、よろしくお願いします!