※社会人もんじ×学生とめ




イルミネーションが輝く街。
行き交う人々はどこか幸せそうで。
どこかから流れる洋楽は、クリスマスソングの定番だ。

そんな明るいクリスマス・イブの日。
不機嫌な顔をしたサンタが一人、ケーキ売りをしていた。



「いらしゃいませー!ケーキはいかがですか?」
「…いらっしゃいませー」

まるで覇気のない留三郎の声に、竹谷は苦笑を漏らした。
因みに竹谷も赤いサンタ服を身に纏っている。

本来であれば、留三郎と同い年の七松と今日はケーキ売りをするはずだった。
しかし当日になって現れたのが留三郎で、竹谷は心底驚いた。
慌ててメールを確認すると、
『今日はやっぱり長次と過ごす。バイトは留ちゃんに代わって貰えた』
との旨が書かれたメールが入っていた。
留三郎が着く五分前に。

(いや遅いっすよ…!)

という竹谷の心の叫びは、恐らく七松には届くまい。

しかしイブの日のバイトを代わってあげるなんてどんだけ人がいいんだ。
と、竹谷は思ったが、どうやら違うらしい。
その証拠に留三郎の顔は最初から、ここにいるのは不本意です。と言わんばかりの不機嫌面だ。
初めは、あの七松のことだから無理矢理代わらせられたのでは?と思った。
しかしメールには『代わって貰えた』とあった。
つまりは、自ら引き受けたんだと思う。
でも腑に落ちない。
自分から承諾したくせに、あの態度は何なのだ?

そこまで考えて、竹谷はふとあることを思い出した。
留三郎の恋人は多忙だ、という話を七松から何とはなしに聞いたことを。

(……ああ、なるほど)

竹谷は一つの結論に行き当たった。

多分、今日は元々予定が入っていたのかもしれない。
しかしその恋人の都合でそれがドタキャン。
ふてくされていた所に七松からバイトを代わってくれというメールが入って…。
勢いのままに引き受けてしまった。
恐らくそのせいで不機嫌なのかもしれない。

(あくまで、想像だけどな)

竹谷は変わらない留三郎の表情を見て、そっとため息をついた。



♪〜♪〜♪♪〜

「あ、すみません。俺です」

携帯の着信音がなり、留三郎の肩が一瞬ピクリと動く。
しかし自分の着信音でないと分かると、今度はどこか沈んだオーラが漂った。
竹谷はなんとなく申し訳ない気持ちになりつつ、お客さんから見えない位置で携帯を開いた。
孫兵からだ。

(なになに……)

その文面を目で追う内に、竹谷はみるみる笑顔になった。
竹谷は留三郎に見られないよう、素早く返信した。

「どうした?」

戻った竹谷の不自然なにやけ顔に、不審がった留三郎が尋ねる。
竹谷は、努めて何でもない風に答えた。

「いや、後輩からのお誘いメールでして」
「……そーか」

不機嫌さは大分無くなったものの、今度は暗いオーラが立ち込めて来ている。
そんな留三郎の様子に少し良心が痛みつつ、竹谷はそう嘘をついた。


竹谷の文面はこうだ。
『食満先輩なら○○で俺とバイト中。連絡よろしく!』






街中が幸せそうなクリスマス・イブ。
キリスト教の国でもないのによく盛り上がることだ。
どこぞの聖人の誕生日などということは綺麗に無視されているが。

今日は文次郎とデート、のはずだった。
なのに今朝になって
『すまん、仕事が入った』
なんてのたまった。
だから速攻で携帯の電源ボタンを押してやった。
そして、狙いすました様なタイミングで来た小平太からのバイト代わってメール。
俺は、勢いのままにそれを引き受けてしまった。
で、今は絶賛後悔中。
行き交う人の群れを見て、余計惨めな気持ちになった。
俺、こんな所で何やってんだろ。
本当なら、俺だってその群れの一人だったかもしれないのに。
……文次郎のバーカ。
心の中の悪態と同時に、深く深くため息をついた。

一緒にバイトしている竹谷はさっきから何回もメールが来ているみたいだ。
同じバイトでも俺とは大違いだな。
俺はサンタ衣装のポケットに入った鳴らない携帯を、こっそり握りしめた。

「食満先輩!」
「うおっ!?な、なんだ?」

ぼんやりしていたせいで、突然の大きな声に大きく肩が跳ね上がる。
俺は声の主である竹谷がいる方へ振り返った。

「ちょっと取りに行く物があるんで、少しの間バックヤードに戻ります」
「あ、あぁ、分かった」

竹谷はそう言って、店の中に入り奥へと消えて行った。
突然の竹谷の行動に驚いて、俺はしばらく竹谷の行った方を呆然と見つめていた。
だから気づかなかった。
馴染んだ空気がすぐそばに来ていたことに。


「おい」
「あっ!い、いらっしゃいませ……」

不機嫌そうな声に、ふと自分がバイト中であったことを思い出した。
慌てて振り返り、そして固まった。
そこに本日俺の思考の、実に九割を占めていた人物がいたから。
その人物は走ってきたのか軽く息を弾ませていた。
暑いのか、愛用の黒いコートは前が全開だ。

「も、文次郎…」
「…っ、こんのバカタレ…!」

息を切らせながら眉間に皺を寄せて、文次郎はいつもの口癖を口にする。
俺はというと、突然の文次郎の登場に動揺して思考が止まってしまった。
文次郎が俺の手首を掴んで無理矢理引っ張った所で、ようやく思考が働き始めた。

「行くぞ」
「どこにだよ!つーかバイト中なんだ!」
「それならご心配には及びません」

戻って来たらしい竹谷の方を振り返れば、なぜか竹谷の手には俺の荷物とジャケットが抱えられていた。
(因みにこのサンタ衣装はTシャツとジーンズの上から着てる)
そして当然のようにその荷物らを受け取る文次郎。


「すまない、竹谷」
「いーえ。お安いご用で」
「今度なにか奢る」
「あざっーす」

おい、待て。
なに俺を差し置いて会話を成立させてんだ。
俺はというと、さっぱりだ。
さっぱりこの状況が飲み込めない。
何で仕事があると言った文次郎がここにいるのか。
そもそもどうやってバイト先を捜し当てたのか。
その数々の疑問も口に出来ないまま、俺は再び文次郎に引っ張られる。
ちょっと待て!

「だからどこに…!」
「向こうに車がある。話は後だ。ここじゃ目立つ」

言われて周りを見渡すと、好奇の目が向けられていることにやっと気づいた。
いきなり恥ずかしさがこみ上げた俺は、下を向いて顔を伏せた。
結局そのまま、文次郎に黙ったまま腕を引かれた。




人混みの向こうに消えた二人に、俺は小さく笑った。
食満先輩、あなたはもう少し愛されてることを自覚した方がいいと思いますよ。
鈍いのはお互い様かもしれませんけど。

「……お幸せに」

俺というサンタからの、ささやかなプレゼントです。


さーて!俺は俺で、愛しい恋人の為にもう一踏ん張りするとしますか!

「あ、いらっしゃいませー!」







文次郎の愛車にも、もう数え切れない程乗った。
未だかつて、こんなに重い空気があっただろうか。いや、ない。
思わず反語で言うぐらい気まずかった。
あれから文次郎の車の助手席に放り込まれ、俺が文句を言う間もなくすぐ車は発進した。
それから文次郎はだんまり。
文次郎から発せられる空気は言いようもない怒り。
文句を言いたかったはずなのに、その空気の重さに一言も話せなかった。


そのまま車は、文次郎のマンションの駐車場についた。
文次郎は駐車をすると、シートベルトを外してハンドルに手をのせ、その上に頭を伏せた。
深い深いため息と共に。
文次郎はそのまま動かない。
俺は恐る恐る声をかけた。

「…文次郎?」

次の瞬間、文次郎は顔を上げて俺を怒鳴った。

「こんのバカタレ!!」

今まで聞いたことがないくらいの強い語気に身が竦む。

「俺がどれだけ探したと思ってる!伊作も仙蔵も知らない、小平太と長次は繋がらない。後輩の左門から伊賀崎と竹谷を経由して漸く見つけたんだ!」

怒っていることがありありと伝わった。
でも怒ってるのは文次郎だけじゃないんだ。
俺も負けじと応戦しようとした。
ただ、顔は見られなかった。
見たら多分挫けるから。

「だ、だって文次郎が先に。今日は一緒に過ごすって、約束したのに。だから俺……」
「お前は…。人の話を最後まで聞け!」

頬を包まれて半ば強制的に目を合わさせられた。真摯で、思ったより静かな目とかち合った。
抵抗を忘れて、思わずその目を見入った。

「確かに、俺は今日仕事があった」
「だから……」
「聞けと言っとるだろうが。俺はその後、こう言おうとしたんだ」


『すまん今日は仕事が入った。替わりに明日、レストランを予約したからそこに行こう』


「……え?」
「それなのに途中で切りやがって…」

そ、それってつまり…。

「…俺の早とちり?」
「そーだ」

瞬間、顔が真っ赤になるのを自分でも自覚した。
自分が仕出かしたことを思い出し、あまりの子供っぽさに恥ずかしさがこみ上げて視界が滲んだ。
はっ!だとしても、すぐ後から連絡を入れてくれればいいじゃないか!
俺、ずっと待ってたのに!

「切られた直後に呼び出されて、すぐにかけ直した出来なかったんだ。……あとお前、携帯の充電確認したか?」

慌ててポケットに手を突っ込んで携帯を取り出す。
開くと待ち受けは表示されず、液晶は真っ暗のままだ。
切れてるし、充電。

今までの話を総合するとつまり、早とちりした俺が悪い。
充電を怠った俺が悪い。余りの情けなさに、俺はうなだれた。
後輩にまで迷惑かけて、何やってだ俺。


「まぁ俺が仕事にならなければこんなややこしいことにはなら無かったからな、うん」

俺の沈みっぷりを見かねてか、文次郎は俺の頭を撫でてフォローをいれてくれた。
でもそのフォローが、逆に胸に突き刺さった。
多忙な文次郎に、休日でも仕事が急に入るのはよくあることじゃないか。
忙しい合間を縫って俺に会いに来てくれるのに。
恋人同士になって初めてイブだからって、変な意地を張りすぎた俺はあまりに子供だ。
いつもは素直に言えないけど、今日ばかりは素直になる。
せめてもの罪滅ぼしに。

俺は文次郎の胸に顔を埋めて、呟いた。

「ごめん、なさい。……探してくれて、ありがと」

零れた涙はYシャツに吸い込まれた。
ギュッとそのYシャツを握りしめた。


顎に指が添えられて、顔を上げさせられる。
滲んだ視界に写る文次郎は仕方なさそうに、でも優しく笑っていた。
唇がゆっくり降ってきて、そのまま眦に留まっていた涙をなめ取られる。
少しくすぐったくて、身を捩った。

「もう怒ってねぇよ。その代わり……」

文次郎がニヤリと、妖しく笑う。

「頑張って探した良い子に、プレゼントはないのか?サンタさん」

言われて、自分の格好がまだサンタ衣装だということを思い出した。
でも今手元にプレゼントはない。
どうしようか思案を巡らせていると、それを察したのか文次郎が口を挟んだ。

「おいおい、俺は物が欲しいなんて一言も言ってないだろ」

言うと同時に、俺の腰を抱いて引き寄せた。
ぐっと文次郎との距離が近くなる。


「目の前のモノをくれればいいんだよ」


何を言わんとしているか、だらしなくにやけた顔と物言いで理解した。
今度は別の恥ずかしさがこみ上げる。
これは自分に対してではなくて、文次郎に対してだ。

「お前…よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「なんだ、くれないのか?」

答えが分かりきってるくせにそう言うのは、意地が悪いと常々思う。
その意地の悪さを受け入れてるのは、他でもない、俺だけど。

「……返品は不可だかんな」

そのまま、俺から文次郎にキスをした。


触れるだけなのは最初だけ。
すぐに息が出来ない程深くなる。
その前に俺はたった今思い出したことを言いたかったから、肩に手を置いて顔を離した。
怪訝な顔をして眉間に皺を寄せる文次郎が、お預けをされた犬みたいでちょっと笑えた。


「メリークリスマス、文次郎」

俺が言うと、文次郎は目を瞬かせた。
でもすぐに合点がいったらしい。
俺が一番好きな笑顔になって、言ってくれた。


「メリークリスマス、留三郎」


今度はどちらからともなく抱き寄せて、唇を合わせ呼吸を奪い合った。







クリスマス。
本番は、これからだ。










 サンタより、お届け物です
 (あなただけへの贈り物)






後書き:という訳で、クリスマス小説でした。
前半も後半も予定より長くなりました。
思った以上に竹谷が出張ってワロタww
彼の恋人は皆様のご想像にお任せします。