「予算上げやがれ!このギンギン野郎!」
「誰が上げるか!このアヒル野郎!」

今日も今日とて。
犬猿と称される最上級生二人は、殴り合いの喧嘩に発展していた。

潮江文次郎と食満留三郎。
と言えば、下級生ですらイコール喧嘩と思い浮かべる。
それほどまでに二人はよく喧嘩をしていた。
けれど不思議なことに、彼らは何をどうしたのか恋仲であるのだ。
このことは知らないようで、皆知っている。
が、余り信じられていない。
なにせほぼ毎日のように喧嘩をしているからそれも当然。
しかし、真実は違かったりするのである。



 実の所は



「あ、潮江先輩と食満先輩。また喧嘩してる」

偶然通りかかった一年生の乱太郎が、二人を見つけて声を上げた。
その傍らにいた善法寺伊作が苦笑を浮かべる。
二人はただいま保健委員会の活動中だ。

「あ〜…まぁいつものことだから気にしない方がいいよ」
「…それにしても不思議ですね」
「? なにがだい?」

色素の薄い乱太郎の瞳が、伊作を見上げる。
今は胸倉を掴み合い怒鳴りあってる二人を指差した。

「お二人のことです。お二人は恋仲なんじゃないですか?」

首をこてんと傾がれて紡がれた純粋な疑問に、伊作は引きつった顔で苦く笑った。
ついでに深い溜め息をついた。

「…乱太郎。あの二人にまともに関わらない方がいい。碌なことないからね」
「碌なこと?」
「さぁそれより仕事仕事!もうじき雨が降るからその前に終わらせないと」
「えっ?こんなに晴れてるのにですか?」

乱太郎の手を取り先行こうとする伊作に、疑問を投げかける乱太郎。
確かに今は雨とは無縁の晴れ模様だ。
それなのになぜ伊作は雨が降ると言うのか。
その声に一旦足を止め、首を捻り振り返る伊作。
伊作は心底疲れきった顔で答えた。

「降るんだよ…。あの二人の喧嘩が終わればね」

行こうと引っ張る手に、今度は大人しく従う乱太郎。
よく分からないがとにかく雨が降るらしい。
その場を去る直前、乱太郎は当の二人の姿を視界の端に捉える。
再び、殴り合いに発展していた。
その二人を見て、そう言えば先程言った己の疑問が余り解消されていないことに気がつく。
しかしそれを今は言わないことにした。
なぜなら伊作からは関わりたくないオーラがありありと発せられていたからだ。
また今度聞いてみようと、乱太郎は今はこの疑問を胸の奥にしまった。

この後二人が綾部特製の蛸壺に落ちるのはお約束。




さて、こちらはひとしきり喧嘩が終わったら犬猿。
留三郎は地面に大の字、文次郎は木にもたれかかって息を荒くしていた。
着物は所々乱れ、傷や痣があちこちついている。
殴り合いをしていたから、当たり前ではあるが。

「ったく、この石頭が。ちょっとぐらい寄越しやがれ」
「誰がやるかバカタレィ」

変わらず憎まれ口を叩くが、さすがにもう殴り合いはしなかった。


文次郎は口元の血を手の甲で拭いながら、ふとあるものが目に入る。
投げ出された留三郎の左手の人差し指。
そこに小さいがまだ新しい傷があった。

「お前…その指…」
「ん?あー…これか?…昨日、修繕中にな…」

留三郎は少しバツが悪そうに呟く。
また文次郎から、「これだからヘタレ委員会は」とか「鍛錬が足りん!」と言われると思ったからだ。
傷が剥き出しなのも、伊作に見せなかったから。
伊作に見せれば、大袈裟に包帯が巻かれるに違いない。
それを文次郎が見ればなんと言うか。
想像したくもない。

さて、なんと言われるか。
留三郎は反論に備え構えた。

が、文次郎はなにも言ってこない。
ただその小さな傷を見つめるばかりだ。
不審に思い、声をかけようと口を開いた瞬間。
グイッと手を引き寄せられ、その傷を口に含まれてしまった。
誰に?文次郎に。

「なっ…!」

突然のことに対処出来ず、固まってしまう。
それをいいことに、文次郎は舌先で丁寧に傷をなぞった後、歯をたて傷を噛んだ。
痛みでハッと意識が浮上した留三郎は慌てて手を引っ込めた。
顔を真っ赤にするオプションも忘れずに。

「な、な、なにしやがんだ!」

当然、抗議の声を留三郎はあげた。
文次郎はというと、憮然とした表情のままこう言ってのけた。

「嫌なんだよ…」
「…は?」
「俺以外の奴がお前に痕つけるなんて許せねぇ」
「………!!」

文次郎の言葉を理解した瞬間、留三郎は首まで真っ赤。
そして勢いのままに文次郎を殴った。

「…ってぇな!なにすんだ!」
「お前こそなに言ってんだ!これは鋸で、しかも自分でつけちまっただけだよ!」
「だからそれが許せねぇんだよ!」
「意味分かんねぇよ馬鹿文次郎!略してバカ文!」
「んだと!やんのか!」
「やらいでか!」

矢継ぎ早な口喧嘩から再び殴り合いになる犬猿…もとい馬鹿二人。
けれどなぜか空は曇り、その内大粒の雨が降って来た。
その雨の中でも構わず喧嘩をする二人。
長屋の廊下を歩いていた立花仙蔵は、二人を見てこう呟いたという。


「やれやれ。痴話喧嘩も大概したらどうなんだ。あの馬鹿共」






後書き:基本的な我が家の二人でした。
喧嘩ップルなんだけど、それ以上にバカップル。
お互いが好き過ぎる文食満でした。