「もーんじろう!トリック・オア・トリート!」

留三郎が目を輝かせて俺に手を差し出す。
仮装のつもりなのか、頭には狼の耳らしき物が乗っかっていて、首には赤いリボンタイ。
そう、今日はハロウィンだ。

「お前…その耳…」
「これか?伊作に貰った」

だよな。
こういうのを渡すのは大体伊作辺りだ。
大方「留さんに似合うから(はぁと)」とか言って渡したんだろう。
人の恋人になに勝手に渡してんだ。
受け取って着けるこいつもこいつだが。

だかしかし伊作良くやった。
可愛いから今回は許す。


「文次郎!それより…」

狼な留三郎が、俺の服、正確には深緑のエプロンを引っ張り強請るような仕草をする。
強請ると言っても色っぽいそれではない。
子供そのものの仕草だ。
本当にこいつは高校生か?と聞きたくなるほど。
こいつをこんな子供にさせてしまうのは、一つしかない。

俺も分かってて、わざわざ頭にバンダナを巻いてまで作ったのだ。
他でもない、こいつの為だけに。

今もリビングから誘うような香りが漂う。
その香りを嗅ぎ取って、留三郎はますます目を輝かせた。
…尻尾が付いていたら勢いよく振られていただろうな。
もう少し見ていたいが、あまり焦らして機嫌を損ねられても困る。

「はいはい。どうぞ」

俺はいつものように、留三郎を家の中に招き入れた。





ミニカボチャで作られたジャック・オー・ランタンがまず俺の目に入った。
焼きたてなのか、湯気が微かに登るカボチャパイ。
様々な形をしたクッキー。
優しいオレンジのカボチャプリン。

たくさんのお菓子がそこにあった。

「わぁ…!」

俺は昔から甘い物が大好き。
そして文次郎は料理が得意。

そんな感じで、文次郎は昔からよく俺の為に菓子を作ってくれた。
赤いバンダナと新緑のエプロン姿は昔から変わらない。
エプロンはともかく、バンダナまで律儀に着けるのがこいつらしい。
最近は、忙しいからあんまり作ってくれないけど…。
なにかイベントがあると必ず作ってくれる。
しかも年々腕が上がって、今やそこらのお菓子よりもずっと美味しい。
俺はたまらず、文次郎に聞く。

「なぁ!食べていい?いい?」
「あぁ、食べていいぞ」

ちょっと笑ったの文次郎が優しくそう言った。
俺は早速いつものようにソファーに座って手を合わせた。

「いただきます!」





幸せそうに頬を膨らます留三郎は、小動物を思わせる。
パクパクと次から次へ作った菓子が吸い込まれていく。
相変わらず、いい食べっぷりだ。
昔から甘い物が好きな留三郎の為に、作り始めたのはいつだったか。
この幸せそうな笑顔が見たくてついつい作りすぎてしまう。
けどこの様子じゃ、全部なくなるな。
余程夢中になって食べているのか、留三郎の頬にパイ生地のカスがついている。
俺は小さく笑ってその頬に手を伸ばす。

「留三郎」
「ん?」
「ついてる」

人差し指で取ると、留三郎はなんの躊躇もなくそれを舐めとった。
俺の指も舐めてることには、恐らく気がついていない。

……なんとなく、イラッとしてしまう。
普段は絶対にそんなことをしない奴なのに、そうさせてしまう菓子に。
いや、その菓子を作ったのは他でもない俺だ。
夢中で食べてくれるのは嬉しい。
でもこうまで菓子にしか目がないと、…流石に寂しいものがある。
少しはこっちを向いてもいいだろうが。

「…文次郎?」

俺がしかめっ面で押し黙っていたせいか、不思議そうな顔をしていた。
その顔を見て、ふと思い至った。

何も別に俺だけが菓子をやる必要ない。
俺にだって、菓子を食べる権利がある。

「留三郎…」
「なんだ?」
「Trick or Treat?」
「へ?」

突然ハロウィンの決まり文句を言った俺に、留三郎は目を丸くした。
キョロキョロと視線を彷徨よわせて、手に持っていたクッキーを差し出した。

「そりゃ俺が作ったんだろ」
「そ、そうだけど…。俺持ってないし…そしたらお前…」

語尾が小さくなってよく聞こえないが、言いたいことは大体分かる。
想像通りだと思うが、少し違うんだな。

「持ってるじゃないかよ」

意味が分からないと首を傾げる留三郎。
俺はいきなり腕を引いて、留三郎にキスをした。
不意打ちに驚いて固まった隙に、ソファーに押し倒して好き勝手に甘い口内を味わう。
口から甘さがなくなり、肩を強く叩かれてから漸く解放してやった。
呼吸を荒くして目を潤ませる留三郎はさっきまでの幼さはない。
代わりにぞくりとするほど色っぽくなった。

俺たちはもう、菓子の甘さに夢中になっていただけの子供じゃない。
舌だけじゃ味わえない、それ以上の甘さを知っている。

俺はリボンタイの端をくわえ、ゆっくりとそれを解く。
幾重にも包まれたラッピングを解くように。

「お前のお菓子が食いたいんだよ」

俺が何を言わんとするか、やっと理解したらしい留三郎は首筋まで真っ赤にした。
何か言いたげにはくはくと口が動いて、最後に閉じられた。
観念したように溜め息をついて、首に腕がまわされた。
同時に頭に巻きっぱなしだった赤いバンダナが取られる。

「…残したら許さねえ」
「ふっ。誰が、」

こんな極上の菓子を残すかよ。

赤ずきんだって、たまには狼を食いたいんだ。






狼は菓子を、赤ずきんは狼を
(残さず全部、いただきます)








後書き:ひたすら甘を目指して結果です。
文次郎のバンダナは小学生の時からの癖です。
我が家の文次郎は料理上手、留は甘党です。