〜ここまでのあらすじ〜 無頼者にぶつかり、絡まれていた子供を助けた留(♀)だったが、今度は己が標的にされてしまう。 そんな危機的状況の中、現れたのは謎の男で――― 「大の男が、子供と女を相手に喚き散らすとは、頂けねぇな」 そう言い放った男は、笠を深く被っておりその顔を伺うことは出来ない。 僅かに見える口元は笑っているようにも見えた。 実際、笑っているのだろう。 今の言い方には、明らかに無頼者に対する嘲笑が含まれていた。 それに気づいた無頼者は、こめかみをひくりとさせた。 「…なんだって?」 「聞こえなかったか?今のお前は男の風上にも置けんと言ったんだ」 男がはっきりとした口調で言えば、無頼者は怒りからか顔を紅潮させた。 しかし、男は一人で仲間がいる気配はない。 それを確信すると、無頼者は顔をにやつかせながら男と正面から向かい合った。 「随分大層な口をきくじゃねぇか。てめえこそ、どこに目玉をつけてる。この人数が見えないのか」 無頼者の後ろには、十人程の仲間がいる。 多勢に無勢なのは火を見るより明らかだ。 たが、そんな無頼者の脅しに男が動じる様子はない。 それ所か、鼻で笑った。 「雑魚が何人集まろうが、所詮は雑魚だ」 「んだとぉ!!」 いよいよ怒りが頂点に達したらしい無頼者は、腰の獲物に手をかける。 それを見た野次馬達は、小さな悲鳴を上げて後ずさる。 この無頼者、実はそこそこ名の知れた剣の使い手らしい。 「雑魚だと…!てめえ、この俺を誰だと思っていやがる!」 男は無頼者の凄みに怯む様子はなく、平然としている。 その態度が、余計に無頼者の神経を逆撫でた。 「蛇獅流の釜瀬犬太郎とは俺のこと…!」 無頼者が言い切る前に、男が動いた。 男は瞬く間に無頼者との間合いを詰めると、 それは一瞬の出来事だった。 まず男は、無頼者が抜こうとした刀の柄頭に左手をかけ、鞘へ押し戻した。 その後体を左へ回転させ、右肘で強烈な肘鉄砲を放ち、無頼者の鳩尾へと叩き込んだ。 無頼者は胃液らしきものを吐きながら、身体をくの字に曲げ、地面へとうずくまった。 その無頼者に、無頼者の仲間が慌てて駆け寄った。 一連の動きの速さに、周りの人間は皆唖然としていた。 ただ一人、男だけが平然としていた。 「お前のような奴に、刀を抜く資格すらない。それとも…」 男は顎の下の結び目を解き、笠を脱ぐ。 「命がいらぬのなら、俺と一太刀まみえるか?」 不敵に笑う、男の顔が露わになった。 無頼者の仲間の一人が、男の顔を見て、目を見開いて腰を抜かした。 「し、潮江!潮江文次郎だ!」 叫ばれた名に、周りの野次馬達もざわめく。 無頼者は、その名を聞いて一気に顔を青ざめた。 「まま、まさか、あの、鬼の刀潮江…!」 呟かれた名に、男、いや潮江文次郎は笑って答えた。 「そうとも呼ばれているらしいな。誰が言い出したか知らんが」 無頼者は心底慌てた。 なんて奴に喧嘩を売ってしまったんだと。 鬼の刀潮江。 文字通り、鬼の様な強さを誇る流れ者の剣客。 彼に刀を向けた者は、誰一人として帰ってこなかったという逸話まである、あの。 血の気を失った無頼者に対し、潮江はそれはそれは愉快そうに笑う。 目は、まったく笑っていなかった。 「さて」 潮江の足元で、砂が鳴る。 「俺の女に手を上げた落とし前、どうつけてくれるかな」 潮江は、腰の業物にゆっくり手をかけた。 という感じです。 今は続かないよ! 因みにこの時点ではまだ留は文次郎のことをよく分かっていない。 剣客文次郎……どうでしょうか皆様。 |