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侍文次郎
2012/01/14 03:25


〜ここまでのあらすじ〜
無頼者にぶつかり、絡まれていた子供を助けた留(♀)だったが、今度は己が標的にされてしまう。
そんな危機的状況の中、現れたのは謎の男で―――




「大の男が、子供と女を相手に喚き散らすとは、頂けねぇな」

そう言い放った男は、笠を深く被っておりその顔を伺うことは出来ない。
僅かに見える口元は笑っているようにも見えた。
実際、笑っているのだろう。
今の言い方には、明らかに無頼者に対する嘲笑が含まれていた。
それに気づいた無頼者は、こめかみをひくりとさせた。

「…なんだって?」
「聞こえなかったか?今のお前は男の風上にも置けんと言ったんだ」

男がはっきりとした口調で言えば、無頼者は怒りからか顔を紅潮させた。

しかし、男は一人で仲間がいる気配はない。
それを確信すると、無頼者は顔をにやつかせながら男と正面から向かい合った。

「随分大層な口をきくじゃねぇか。てめえこそ、どこに目玉をつけてる。この人数が見えないのか」

無頼者の後ろには、十人程の仲間がいる。
多勢に無勢なのは火を見るより明らかだ。
たが、そんな無頼者の脅しに男が動じる様子はない。
それ所か、鼻で笑った。

「雑魚が何人集まろうが、所詮は雑魚だ」
「んだとぉ!!」

いよいよ怒りが頂点に達したらしい無頼者は、腰の獲物に手をかける。
それを見た野次馬達は、小さな悲鳴を上げて後ずさる。
この無頼者、実はそこそこ名の知れた剣の使い手らしい。

「雑魚だと…!てめえ、この俺を誰だと思っていやがる!」

男は無頼者の凄みに怯む様子はなく、平然としている。
その態度が、余計に無頼者の神経を逆撫でた。

「蛇獅流の釜瀬犬太郎とは俺のこと…!」

無頼者が言い切る前に、男が動いた。
男は瞬く間に無頼者との間合いを詰めると、



それは一瞬の出来事だった。

まず男は、無頼者が抜こうとした刀の柄頭に左手をかけ、鞘へ押し戻した。
その後体を左へ回転させ、右肘で強烈な肘鉄砲を放ち、無頼者の鳩尾へと叩き込んだ。
無頼者は胃液らしきものを吐きながら、身体をくの字に曲げ、地面へとうずくまった。
その無頼者に、無頼者の仲間が慌てて駆け寄った。


一連の動きの速さに、周りの人間は皆唖然としていた。
ただ一人、男だけが平然としていた。

「お前のような奴に、刀を抜く資格すらない。それとも…」

男は顎の下の結び目を解き、笠を脱ぐ。

「命がいらぬのなら、俺と一太刀まみえるか?」

不敵に笑う、男の顔が露わになった。


無頼者の仲間の一人が、男の顔を見て、目を見開いて腰を抜かした。

「し、潮江!潮江文次郎だ!」

叫ばれた名に、周りの野次馬達もざわめく。
無頼者は、その名を聞いて一気に顔を青ざめた。

「まま、まさか、あの、鬼の刀潮江…!」

呟かれた名に、男、いや潮江文次郎は笑って答えた。

「そうとも呼ばれているらしいな。誰が言い出したか知らんが」

無頼者は心底慌てた。
なんて奴に喧嘩を売ってしまったんだと。

鬼の刀潮江。
文字通り、鬼の様な強さを誇る流れ者の剣客。
彼に刀を向けた者は、誰一人として帰ってこなかったという逸話まである、あの。

血の気を失った無頼者に対し、潮江はそれはそれは愉快そうに笑う。
目は、まったく笑っていなかった。

「さて」

潮江の足元で、砂が鳴る。

「俺の女に手を上げた落とし前、どうつけてくれるかな」

潮江は、腰の業物にゆっくり手をかけた。






という感じです。
今は続かないよ!
因みにこの時点ではまだ留は文次郎のことをよく分かっていない。

剣客文次郎……どうでしょうか皆様。