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猫の正体編
2011/12/31 22:13



『珍しく潮江先輩から電話があったかと思えば、そんなことが…』

あれから速攻で竹谷に連絡を入れて、事のあらましを説明し終えた所だ。
竹谷は多少驚きはしているものの、それは俺がこの猫?を拾ったことに対してであって、存在そのものに驚いてはいない。
ということは、だ。

「知ってるんだろ。話しにくいかは分からんが、教えてくれないか」

俺が言うと、竹谷は電話越しで一つ溜め息をついた。

『…もう一度確認しますけど、人の姿になってるんですよね?』
「あぁ」
『……なら、教えるしかありませんね』

竹谷は意を決したように、語り始めた。

『先輩もお察しの通り、それはただの猫じゃありません。今はまだテスト段階の次世代ペット、"擬人ペット"というものなんです』

竹谷の話を纏めると、こうだった。
擬人ペットというのは、人間と動物のあいのこの様なものらしい。
ペットを人間の姿に出来ないかという、一部の酔狂な金持ちが言い出したそうだ。
言い出した奴は煩悩の塊みたいな奴だな。
で、生物学やら遺伝子学やらが進んだ今、それが実現してしまったらしい。
ただし、まだあくまでテスト段階。
勿論世間一般には公表されていない。
公表された所で庶民には手が届かない額だから飼えないそうだが。
なぜ竹谷が詳しいかというと、両親が研究に携わっており、竹谷自身もその研究に関わっているらしい。
しかもモニターとして一匹飼っているそうだ。
(この場合、数え方は匹でいいのだろうか)

「ちょっと待て。じゃあ選ばれた奴しかそのモニターとやらになれない訳だよな?」
『そうっすね』
「…じゃあ何でこいつは道端で倒れていたんだ」

ちらりと隣に座る猫を見た。
因みに今は俺のTシャツを着ている。
当たり前だがサイズはまったく合っていない。
ワンピースの様に着ている訳だが。

『あー…多分首輪着けてると思うんで、それについてるプレートに、何が書いてあるか見てくれません?』

言われて、赤い首輪についた銀のプレートを見た。
そこには、かすれていたが『68-KT』と書かれていた。

「68-KT、とあるが…」
『68-KT……もしかして…』

電話越しにカタカタとキーボードをタイプする音が聞こえる。

『ああ、やっぱりこの子か…』


竹谷は何やら納得した様な声をあげた。

「? どうした?」
『いや、その子はちょっと曰く付きでして…』
「……曰く付き?」

俺の声が低くなったことに、猫はびくりと反応して俺を見上げた。
不安そうな猫の頭を宥めるように俺は撫でた。

『あ、いや曰く付きって言っても大したこと…ではないですかね、うん』
「曖昧だな…早く子細を教えろ」
『えっと、その子はですね、No.68-KT、通称とめさぶろうっていう子なんですけど…』
「とめさぶろう…」

俺が呟くと、猫耳がピンと反応して、猫…とめさぶろうが目を丸くして俺を見る。
そして、笑った。
きっと嬉しかったのだろう、ふわりと尻尾が揺れた。
……不覚にも、胸が高鳴ってしまった。
ちくしょう、可愛い。

『先輩?』
「あ、いや何でもない。続けてくれ」
『はい。で、その子はかなり初期に生み出された子なんで、飼うには相性がいい人がいいんですけど…中々相性がいい人が見つからなかったんです』
「相性?」
『ええ。擬人ペットが相性がいいと判断すると人の姿になるんです』

ということは、とめさぶろうは俺と相性がいいと判断したから人の姿になったのだろうか。
だとしたら、ちょっと嬉しい、かもしれない。

『でも1ヶ月前…その子の外見だけを気に入って金で無理矢理、モニターになった奴がいるんです』
「なに?」
『多分、逃げてきたんでしょうね。合わなくて』

待て。
主がいたっていうことは…。

「帰さなきゃ、いけないのか?」

俺が言うと、とめさぶろうは俺の服の裾を握りしめた。

「…いやだ」
「とめさぶろう」
「いやだ!ここにいる!」

余程嫌なことがあったのだろう。
とめさぶろうは目に涙を滲ませて、俺に必死に訴えた。
俺はそんなとめさぶろうを抱き締めて宥めた。
電話越しに、竹谷が笑う気配がした。
訝しむと、竹谷はこう説明した。

『大丈夫ですよ。逃げられた時点でモニターの資格を剥奪されますから』
「そう、なのか?」
『ええ。だから、潮江先輩が飼っても大丈夫です』

正式にモニターになるために、明日は竹谷の家に行くことを約束し、通話を終えた。


しがみついたままのとめさぶろうを背中をぽんぽんと軽く叩いた。

「…大丈夫だ。とめさぶろう」

とめさぶろうは恐る恐る俺を見上げた。
俺は涙に濡れて赤くなった目元を指先で拭う。

「ここに、いていいの?」
「あぁ、いていいぞ」

俺が言った途端、泣き顔はどこへやら。
ぱっと笑顔になって俺に抱きついた。

「嬉しい!えっと…」

そうだ、言い忘れていた。

「文次郎、だ。とめさぶろう」
「もんじろう…ありがと、文次郎!」


 ちゅっ


「………え」

可愛らしいリップ音と共に小さな唇が俺のそれに触れた。
無邪気に喜ぶとめさぶろうを尻目に、俺はこれからを考えて軽く目眩がした。
なんだか不安だ、色んな意味で…。





その予感は、数年後に見事的中するのだが、それはまた、別の話だ。