小話 | ナノ




プロローグ
2011/12/29 17:45


雨が真っ黒い空から降り注ぐある日。
俺は猫を拾った。
その日の空と同じ色の、艶やかな毛並みの猫を。


バイトからの帰り道、道の脇で倒れている所を見つけた。
初めは死んでいるのかと思い、せめて埋めてやろうと触れてみた。
すると、僅かに身じろいで小さく鳴いた。
その猫は驚くことに、まだ生きていた。
それに良く見ると首輪をしている。
このまま打ち捨てるのも目覚めが悪い。

(……仕方ない)

俺はその小さな身体を拾い上げ、家に連れ帰った。



ぬるま湯で身体を温め、タオルにくるむ。
眠っているのか、動かない。
俺はその隙に自分の風呂を済ました。

風呂から上がると、その猫はふらふらと起き上がっていた。
驚いて思わず「おい」と声を出すと、猫は反応して俺を見た。
途端、体勢を低くし、うなり声を出して威嚇。
首輪をしているはずなのに、野良の様な反応の仕方に、俺は首を傾げた。
威嚇しているとはいえ、ふらふらしている姿では返って痛々しい。

「威嚇せんでも何もしねぇよ」

じゃなきゃ男の一人暮らしの家に連れ帰るか。
それに俺はどちらかと言うと犬派だ。

「ふらふらじゃねぇか。大人しく寝…」

そう手を伸ばしかけた瞬間、鋭く小さな痛みが走った。

「いてっ!」

反射的に引っ込め、痛みが走った箇所をみると赤い線が走っていた。

「……お前な!」

引っかかれたと理解した瞬間、怒りがこみ上げ、思わず怒鳴りつけそうになった。
が、すぐに冷めた。

先程とは打って変わって弱々しく震えていたからだ。
その反応を見て、俺は威嚇の理由が分かった。

怒って威嚇したんじゃない。
人である俺に怯えて威嚇したんだ。
もしかしたら前の飼い主が酷い人間で、そこから逃げ出して行き倒れたのかもしれない。

今も震える猫に、俺は殊更ゆっくり手を伸ばす。
怖がらせないよう、下から慎重に。
触れた瞬間、びくりと竦んだ猫の頭を、出来るだけ優しく撫でた。

「…大丈夫だ。俺は酷いことはしない」

通じるかなんて分からない。
ただ怯えさせたくない一心だった。

「だから、な?そんなに怯えるな」

震えは止まったのを見て、一端手を離す。
黒水晶のような瞳がじっと俺を見上げてきた。
俺はその瞳を見返す。
信じてほしいと、ただ真っ直ぐに。

やがて、おずおずと俺の手についた傷を猫が舐めた。
どうやら、信じてくれたらしい。
そのことに心底ほっとした。

ほっとした所で俺の腹の虫が泣き、変な緊張感も取れた所で食事にした。
たまたま買ってあった刺身を出してやったら、かなりの勢い食べてで完食した。
どうやら猫も腹を空かしていたらしい。
どこか満足そうな様子に、思わず笑みがこぼれた。



満腹になったのか、猫はくわりと欠伸をした。
眠いのだろう。
もう夜も遅い。
俺自身も疲れていたし、もう寝ようとベッドへ向かった。


掛け布団を捲ると、猫が身軽にジャンプして先に布団へ潜り込んだ。

「なんだ?ここで寝んのか?」

俺も潜り込みながら聞くと、にゃあと返事が返ってきた。
…まぁいいか。
こいつの寝床は明日作ってやればいい。
俺は猫の頭を一撫でして、おやすみと言って目を閉じた。


それにしても不思議な猫だ。
まるで人の言葉が分かるみたいに、俺の言葉に反応する。
ああそうだ、飼うにしても名前を付けてやらないと…。
飼い方もよく知らない。
一つ下の竹谷、確かあいつは動物に詳しいよな。
明日聞いてみるか… 。

なんて考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。




次の日の朝。
俺は人というのは、本当に驚くと固まるしかないということを知った。
猫が寝ていた場所に、猫がいなかった。
いや、正確にはいた。
黒い猫耳と尻尾を生やした10歳ぐらいの子供が全裸で。

そして目覚めたその子供は至極可愛らしい笑顔でこう言った。



「昨日は、ひろってくれて、ありがとな!」



「……………その耳と尻尾は本物か?」

人は混乱すると、どうでもいいことを確認するらしい。





これが、俺ととめさぶろうの最初の出会いだった。