雨が真っ黒い空から降り注ぐある日。 俺は猫を拾った。 その日の空と同じ色の、艶やかな毛並みの猫を。 バイトからの帰り道、道の脇で倒れている所を見つけた。 初めは死んでいるのかと思い、せめて埋めてやろうと触れてみた。 すると、僅かに身じろいで小さく鳴いた。 その猫は驚くことに、まだ生きていた。 それに良く見ると首輪をしている。 このまま打ち捨てるのも目覚めが悪い。 (……仕方ない) 俺はその小さな身体を拾い上げ、家に連れ帰った。 ぬるま湯で身体を温め、タオルにくるむ。 眠っているのか、動かない。 俺はその隙に自分の風呂を済ました。 風呂から上がると、その猫はふらふらと起き上がっていた。 驚いて思わず「おい」と声を出すと、猫は反応して俺を見た。 途端、体勢を低くし、うなり声を出して威嚇。 首輪をしているはずなのに、野良の様な反応の仕方に、俺は首を傾げた。 威嚇しているとはいえ、ふらふらしている姿では返って痛々しい。 「威嚇せんでも何もしねぇよ」 じゃなきゃ男の一人暮らしの家に連れ帰るか。 それに俺はどちらかと言うと犬派だ。 「ふらふらじゃねぇか。大人しく寝…」 そう手を伸ばしかけた瞬間、鋭く小さな痛みが走った。 「いてっ!」 反射的に引っ込め、痛みが走った箇所をみると赤い線が走っていた。 「……お前な!」 引っかかれたと理解した瞬間、怒りがこみ上げ、思わず怒鳴りつけそうになった。 が、すぐに冷めた。 先程とは打って変わって弱々しく震えていたからだ。 その反応を見て、俺は威嚇の理由が分かった。 怒って威嚇したんじゃない。 人である俺に怯えて威嚇したんだ。 もしかしたら前の飼い主が酷い人間で、そこから逃げ出して行き倒れたのかもしれない。 今も震える猫に、俺は殊更ゆっくり手を伸ばす。 怖がらせないよう、下から慎重に。 触れた瞬間、びくりと竦んだ猫の頭を、出来るだけ優しく撫でた。 「…大丈夫だ。俺は酷いことはしない」 通じるかなんて分からない。 ただ怯えさせたくない一心だった。 「だから、な?そんなに怯えるな」 震えは止まったのを見て、一端手を離す。 黒水晶のような瞳がじっと俺を見上げてきた。 俺はその瞳を見返す。 信じてほしいと、ただ真っ直ぐに。 やがて、おずおずと俺の手についた傷を猫が舐めた。 どうやら、信じてくれたらしい。 そのことに心底ほっとした。 ほっとした所で俺の腹の虫が泣き、変な緊張感も取れた所で食事にした。 たまたま買ってあった刺身を出してやったら、かなりの勢い食べてで完食した。 どうやら猫も腹を空かしていたらしい。 どこか満足そうな様子に、思わず笑みがこぼれた。 満腹になったのか、猫はくわりと欠伸をした。 眠いのだろう。 もう夜も遅い。 俺自身も疲れていたし、もう寝ようとベッドへ向かった。 掛け布団を捲ると、猫が身軽にジャンプして先に布団へ潜り込んだ。 「なんだ?ここで寝んのか?」 俺も潜り込みながら聞くと、にゃあと返事が返ってきた。 …まぁいいか。 こいつの寝床は明日作ってやればいい。 俺は猫の頭を一撫でして、おやすみと言って目を閉じた。 それにしても不思議な猫だ。 まるで人の言葉が分かるみたいに、俺の言葉に反応する。 ああそうだ、飼うにしても名前を付けてやらないと…。 飼い方もよく知らない。 一つ下の竹谷、確かあいつは動物に詳しいよな。 明日聞いてみるか… 。 なんて考えながら、いつの間にか眠りに落ちていた。 次の日の朝。 俺は人というのは、本当に驚くと固まるしかないということを知った。 猫が寝ていた場所に、猫がいなかった。 いや、正確にはいた。 黒い猫耳と尻尾を生やした10歳ぐらいの子供が全裸で。 そして目覚めたその子供は至極可愛らしい笑顔でこう言った。 「昨日は、ひろってくれて、ありがとな!」 「……………その耳と尻尾は本物か?」 人は混乱すると、どうでもいいことを確認するらしい。 これが、俺ととめさぶろうの最初の出会いだった。 |